MRJ・2 [├雑談]
■対外的な問題
旅客機開発に政府が資金援助をするというのはどこの国でも(ボーイングやエアバスでさえ普通に)やっていることなのですが、
WTOとの兼ね合いがあり、「政府の資金援助は開発費のおおよそ1/3まで」ということになっています。
MRJの開発費は1,800億円で、限度いっぱいの1/3を政府の補助金で賄うことになっています。
MRJは約400機の注文を得た訳ですが、 前記事の表の通り内訳は、
400機中340機、実に85%が米国の航空会社で占められています。
米国が飛び抜けた市場なので当然と言えば当然の数字ではあるのですが、
これまでこのクラスを二分してきたボンバルディアはカナダ、エンブラエルはブラジルの会社ですから、
二強のお膝元からこれだけのパイを奪ったことになります。
前述の通り、JALとANAはMRJクラスのヒコーキを47機使用していますが、これらはこの二社から購入しています。
余談ですが、JALは2014年8月のMRJ購入発表と同日、エンブラエル170、190(MRJと同クラス)の発注も発表しました。
競合機買うヒマあったらMRJ買わんか~い!ヽ(#`Д´)ノ と思ってしまいますが、これはMRJ導入まで待てないからで、
エンブラエル機は早速2015年から導入予定なのに対し、
MRJは今後計画が順調に進んだとして、7年後の2021年にJALに引き渡される予定です。
JALはボンバルディアのCRJも運用しているのですが、同機は更新時期を迎えています。
CRJを追加発注したエンブラエル機に切り替えてゆき、
まずはエンブラエル機に機種統一した上で、MRJを待ち受ける事になります。
そして同クラスのエンブラエル機、ボンバルディア機に関しては、これが最後のお買いものとなり、
今後日本では47機分の後継機どころか、恐らくもう1機も売れないでしょう。
お膝元の市場を荒らされたエンブラエルは、早速日本政府の多額の資金援助についてクレームを付けてきました。
一応限度内ですし、こういう応酬はボーイングとエアバスも裁判までして散々やり合ってますので、
三菱側としてはこれは「こちらへの牽制」であるとして、取り立てて問題にしない方針です。
■国内の問題
1/3の補助金が(一部のメーカーを除き)対外的には特に問題ないとして、
「MRJ開発費の1/3は政府から援助金が出ている」という状態を国内的に見た場合、これは、
「国内の一企業の商品開発に国民1人当たり500円という巨額が注ぎ込まれている」。ということになります。
なんだかものすごく依怙贔屓な感じがしてしまいますが、これはYS-11の苦い経験からくるものです。
YS-11開発の際、各社の一致に基づく横並びの形態でないと国の補助金を支給しないという政府方針がありました。
そのため、基礎研究、基本設計を行う「輸送機設計研究協会」、そして後を継いだ「日本航空機製造」という法人を受け皿に作り、
ここに三菱、川崎、富士をはじめとする参画企業が入り、ここに税金を投入しました。
これなら平等な感じです。
ただしこのやり方は、「日本航空機製造」の資本金5億のうち3億を政府が出資することに象徴される通り、
政府の手厚い保護の元に開発が進められました。
これでは各参画企業の責任の主体が曖昧で、馴れ合いもたれ合いの寄り合い所帯になってしまい、コスト意識が低くなります。
また、何か決定する際には各社の意欲や経営状態によって意見が分かれるため、足並みを揃えるまでに時間が掛かり過ぎ、
時期を失してしまいます。
結果としてYS-11は経営的に大失敗に終わってしまいました。
一例ですが、YS-11の製造に実際に掛かった費用は、そのまま各メーカーに支払われるという原価主義で進められました。
どんなに高く作ってもメーカーの懐は痛まないのですから、コスト意識は働きようもありません。
結果として製造コストは1機あたり5億6000万円~5億8000万円になったのですが、
競合機との兼ね合いから実際の販売価格は4億5000万円に下げざるを得ず(無名メーカー製のため思いっきり足元見られた)、
1機売るごとに約1億円の赤字を出すようになってしまいます。
その後機体価格を順次値上げし、最終的には5億6000万円としたのですが、
これはそもそもエンジンの値上げ、改造費用等が理由だったため、原価割れの状態は最後まで回復しませんでした。
■方針転換
「是非とも国産機を!」というのは企業だけでなく、国にとっても悲願であり、だからこそ補助金も出すのですが、
2002年9月、経産省はYS-11の教訓を元に、また後述しますが世界の航空産業の動静を鑑み、
航空機産業政策の大転換を打ち出しました。
「参画企業の自主的努力を促し、企業自身による合理化や効率化の努力を促すためにも、企業負担を前提に考えるべき」
「極力、特定の企業が他の参加者をとりまとめる形態を重視する」
というものです。
なんだか当たり前の内容にも思えるのですが、これは親方日の丸体質の国内航空業界にとっては革命的なことで、
今後は身銭を切って開発、販売のリスクを背負い込む覚悟とやる気のある企業に重点的に補助金を投入することとし、
この事業に参画したい企業があれば、主企業との話し合いで分担や負担額を決めさせるようにしました。
これまでの業界横並びの支援はもう止める。親方日の丸な意識から脱却しなさい、と強く求める内容です。
この政府方針に対し、幹部曰く「失敗すれば屋台骨が揺らぐ」程のリスクを覚悟の上で、
「ウチがやります!」と手を挙げたのが三菱なのでした。
■「これでホントに国産機??」
「戦後の国産旅客機」としては、MRJはYS-11に次いで二例目なのですが、
「一企業の自己責任で開発する旅客機」、「企業名を冠する旅客機」としては戦後初で、
これでやっと世界の機体メーカーの土俵に上ったことになり、日本の航空史上でも非常に重要な出来事だと思います。
それでもネットでMRJ関連を見ていると、エンジンが国産でないこと、
それどころか部品の七割が外国製という事実に衝撃を受けている書き込みが多々見られます。
主要パーツの供給先を挙げてみますと-
エンジン:米PW社
油圧システム:米パーカー・エアロスペース社
電源、空調、補助動力(APU)、燃料タンク防爆、高揚力装置、防火の各システム:米ハミルトン・サンドストランド社
フライト・コントロールシステム:米ロックウェル・コリンズ社と日本のナブテスコ
降着システム:住友精密工業
エンジンパイロン:米スピリット・エアロシステムズ社
スラット、フラップ、翼胴フェアリング、ラダー、エレベーター:台湾のAIDC 社
内装品(操縦室、客室、貨物室)、ギャレー、ラバトリー、非常脱出用スライダー、汚水・浄水システム:米ヒーステクナ社
ドア:独ユーロコプター社
座席:デルタ工業
こんな感じ。
…ナブテスコ、住友、デルタ工業も入ってますが、なんだか思いつく装備はどれもこれも外国製な感じです。
B737のフラップは三菱が作ってるんですけどね~。
ギャレー、ラバトリーはジャムコでもよかったんじゃ。。。
まとめてだとセット価格でお得なのかしらん(ジャムコのギャレー、ラバトリーの世界シェアはそれぞれ約30%、50%)。
MRJを構成する部品点数の7割は外国製とのことなのですが、こうも主要部品がごっそり海外メーカーということは、
金額ペースだとどうなんでしょうか。
「これで『国産機』と呼べるの??」という声はとても多く、
「頭脳も心臓も神経も血液も筋肉も、全て外国製。三菱が作ったのはドンガラだけ」。みたいな手厳しい意見もあります。
YS-11の時には装備品は全て外国メーカー製で、当時と比べればこれでもかなり改善されているのですが、
前述の通り、MRJの開発には多額の税金が投入されます。
「航空機開発には幅広い分野で最高度の技術が求められる。その波及効果は広く及び、ひいては国内産業全体の~」
的な理屈が通るならまだしも、部品代のほとんどが外国の部品メーカーにただ流れていってしまうのです。
巨額の公的資金を注ぎ込んだ製品だというのに、国内の産業育成どころか、海外メーカーの懐を温めるだけ。
なんだか、「サムスンのスマホが売れれば売れる程~」の逆パターンですね。
余談ですが、新幹線の国産比率は9割以上となっております(データは DIAMOND Online 2018.10.4 より)。
ナット:ハードロック工業
車輪、車軸:新日鐵住金
軸受け:日本精工、NTN
ほろ:成田製作所
パンタグラフ:東洋電機製造
車両製造:川崎重工、日立製作所、日本車両製造、総合車両製作所
運行管理システム、保安装置:日立製作所
ドア開閉装置:ナブテスコ
駆動関連:三菱電機、富士電機、東芝インフラシステムズ、東洋電機製造
台車製造、車体制御:川崎重工業、新日鐵住金、KYB
ブレーキ関連:ナブテスコ、曙ブレーキ工業、クノールブレムゼ(ドイツ)
新幹線とはいかないまでも、MRJも今後国産比率を高めて欲しいです。
■サプライヤー
航空機用部品サプライヤーについては、YS-11当時から劇的な産業構造の変革がありました。
それまでは、機体メーカーが自前で設計、制作する割合が大きく、外注する場合はそれぞれの部品メーカーに対して、
「こんな部品を作ってくれたまえ」と指示していたのですが、
他業種同様、航空機関連部品もコモディティ化が進み、「メガサプライヤー」と呼ばれる大手航空部品メーカーへの集約が進み、
結果として機体メーカーとサプライヤーの関係が変化しました。
機体メーカーがありとあらゆる部品の企画、設計、開発、試験、改良に一から十まで関与するのではなく、
メガサプライヤーの信頼性に富み、しかも安い部品を選んで仕入れる割合が増えました。
各メガサプライヤーでは得意分野に絞り込んで開発資金、人材を集中させて、じっくりと作り込んでいます。
大量に生産しますから信頼性が増し、コストが抑えられるという利点があります。
こうして、サプライヤーでほとんど完成に近い状態までユニットを組み上げ、
機体メーカーに運び込まれたユニットを1機のヒコーキに組み上げる、というやり方に変化してゆきました。
■国産化比率にこだわると…
川崎重工が開発したP-1は、石川島播磨製の国産エンジンを搭載しています。
三菱や富士もこれまで幾つものジェットエンジン開発関連に参画しており、
本当はMRJだって、やろうと思えば100%国産機に出来たはず。
でも、そんな純国産機として開発を進めたとして、完成までにあと何年かかるでしょうか?
最終的な機体価格は幾らになるでしょうか?
大国ならいざ知らず、日本の国内市場が非常に小さいのは、
MRJ全受注数のうち、JAL、ANAの割合は僅か14%という先の数字の通りです。
商機の問題もあります。
100席以下のリージョナルジェット市場は、今後20年で5,000機と見込まれているのですが、
開発が1年もたつくごとに、MRJを買ってくれるかもしれなかった顧客が次々競合機に流れてしまいます。
日本の旅客機製造プロジェクトがこの先も存続し続けるためには、
先ずは目の前のリージョナルジェットの時限付きの需要を逃さないように、
MRJを早く、安く完成させ、海外にたくさん買ってもらうしかない訳で、
MRJを海外の航空会社から安心してたくさん買ってもらうヒコーキにするためには、
海外のメガサプライヤーから安く部品を買って来て組み上げるのが手っ取り早いということになります。
せっかくの国産機なのに、国産化率を低くして、海外製部品を沢山使った方が世界市場に受け入れられやすいというのは、
ちょっと残念なことです。
それでもこれが世界の航空機製造界の中での今の日本の立ち位置ということなのだと思います。
「作る技術を持っている」というのと、「高い信頼性のあるものを、買ってもらえる金額で作れるか」はまた別問題ということです。
お寿司なら、「天然ものはすごくお高いけどやっぱり美味しいね♪」と喜んでくれる層は存在するらしいですが、
旅客機の世界はそんな甘くありません。
日本の航空会社だって、ヘタな機種選定は自社にとって死活問題ですから、
「国産はものすごくお高いけどやっぱりいいよね♪」なんてことはあり得ません。
ましてや海外の航空会社が、「オウ、ジャパンアメージン! クドゥサーイ!」なんてことは、
オイラが銀座の回らない寿司屋に毎週通う位あり得ないのです。
国産化の比率を引き上げるには、国内にメガサプライヤーを作れば良いのですが、
既存のメガサプライヤーでは得意分野に絞り込んで研究開発、信頼性に富み、しかも大量生産によりコストも抑えています。
そのため、国内で今から航空機部品メーカーとして新規参入しようにも、
品質と価格で太刀打ちするのが非常に難しいという状況です。
むしろ、これまで半世紀に渡り国産旅客機が作られなかったという状況で、
よくぞ3割国産にするだけのメーカーがあったものだと思います。
今後MRJの受注が増え、需要が高まり、国内のサプライヤーが更に育ちやすい環境になることを期待します。
ここから実績を重ね、ちょっとずつでも国産化率を引き上げていけると良いのですが。
■お互い様
海外の部品をたくさん使うのは、何も日本に限った話ではありません。
ボーイングだって、787に使用する炭素繊維は全量東レ製ですから、
外から見える一次構造材の殆どは日本製と言っても過言でなく、
主翼をまるごと三菱に作らせることに決めた時には、
「魂を売り渡すのか」みたいな感じでボーイング内部で批判が起こりましたが、
エアバスと価格、性能面で競争しながら、商機を失わずにやっていくためには、
日本に任せざるを得なかったという一面があります。
こうした動きは何も787に限ったことではなく、エアバス、ボーイング共に日本製部品を一定量使用していますので、
ボーイング、エアバスは日本製部品を使い、MRJは欧米製部品を使うという、 「持ちつ持たれつ」の関係でもあるのですが、
ボーイングやエアバスが日本に部品を発注するのは、必ずしもそうせざるを得ないからというより、
戦略的な意図が絡んでいるケースが多々あり、
また、メガサプライヤーは欧米の企業が非常に多く、ボーイングやエアバスが部品を外注するにしても、
結局は自国の部品メーカーであることが多い訳で、そうせざるを得ないMRJとは事情が異なります。
787の主翼作成に関して、三菱はそのノウハウをボーイングに提供することになっていて、
777Xの炭素繊維素材製の主翼はボーイングが自社で作ることにしており、エバレットに新工場を建設し始めました。
三菱航空機としても、今後は機体価格の事も考慮に入れつつ国産化率を引き上げていく方針で、
「可能な限り自社(自国内で)」という腹の内はお互い様です。
■手っ取り早いはずが…
MRJはここまで3度の遅延を繰り返してしまいました。
最初は主翼、胴体の設計変更によるものだったのですが、
機体を稼働させる電源や油圧、アビオニクス等各種装備品の仕様調整に手間取り、部品の調達が遅れてしまいました。
最終組み立てを行う三菱航空機には、世界中に分散する部品メーカーに対して的確な指示を出し、
整合性を保ちながら工程を進めていかねばならないのですが、
経験不足から部品メーカーとの意思伝達がスムーズに行えませんでした。
前述の通り、欧米のメガサプライヤー製部品をたくさん使えば手っ取り早いはずなのですが、
発注の不慣れが遅延の一因になってしまった訳で、なんとも皮肉なことです。
これまでボーイングの下請け仕事はしていても、主体的に一機の旅客機を組み上げることはしていなかったため、
当然と言えば当然なのですが、こうした事の出来る人材が圧倒的に足りていないのだそうです。
■型式証明
更にタイミング悪く、ボーイング787の開発以降、型式証明の思想が変わり、より煩雑になってしまいました。
従来は完成した機体が性能を満たしていればよかったのですが、
型式証明の取得の際、部品一つ一つの段階で安全性を検証し、それを組み合わせたコンポーネントとして検証し、
さらに機体に組み上がってからまた検証することが求められるようになりました。
加えて部品の設計の流れから製造に至るまでの過程を文書化する必要があり、
そのために部品メーカーとの間で安全性の仕様を詰めていかなければならなくなりました。
その作業が非常に煩雑なうえ、手順も分からず、部品メーカーに指示不足を補ってくれるように頼むこともあったのだそうです。
こうしたことから部品の製造、納入が大幅に遅れ、全体の遅延に繋がってしまいました。
まあ初めてずくしですから、この位の方がよかったのかしらん(´・ω・`)
「飛ぶ飛行機を作るのはそれほど大変ではないが、型式証明を取るのは難しい」
三菱航空機の社長の言葉です。
余談ですが、三菱は1970年代にビジネスジェット機MU-300の開発をしました。
当時FAAは航空事故の頻発から耐空審査基準を大幅に見直すことを決めていた時期で、
タイミング悪くMU-300が基準改正後の試験対象第1号となってしまいました。
そのせいで大幅な設計変更を余儀なくされ、型式証明が大幅に遅れて商機を逸してしまったという苦い過去があります。
三菱ってそういう巡りあわせなんでしょうか。。。
■海外で売れないと
MRJクラスの採算分岐点の目安はおおよそ400機~500機とされているのだそうで、これはMRJでも同様です。
ところが日本の場合、国内航空会社がどんなに頑張って買ってくれでも、数十機単位がせいぜいであり、
少なくともその十倍は海外から買ってもらわなければ、
そして買ってもらえるような性能と価格を兼ね備えた旅客機に仕上げなければ、商売として成り立ちません。
リージョナルジェット新規参入組としては、前記事で挙げた中国とロシアがありますが、
どちらも自国内に巨大市場があり、国のすごい偉い人が自国内の航空会社の社長の肩にポンと手を置いて、
「ドコのヒコーキを選ぶか…分かってるね?」と言える(ように見える)この二国とは、商売の前提からして異なるのです。
2003年のGEエンジン部門の社長のインタビューでの数字なのですが、
中国のリージョナルジェットARJが2007年~2008年に商用化するとして、
その後の15年~20年の間に中国国内だけで500機の需要があるとみられていたのだそうです。
中国ではそこそこのものを作りさえすれば、もう500機売たも同然な訳で、 羨ましい限りです。
世界中の航空会社に是非買って欲しいと思っているのは他のメーカーも同じこと。
そんな中で海外の航空会社に選んでもらうためには、ライバル機と比較して十分魅力的なヒコーキでなければなりません。
そんなヒコーキを作るためには、莫大な開発費が必要であり、
そのための資金援助を政府が行うのが普通であることは前述の通りです。
■MRJの次
三菱は、民間機事業をMRJで終わらせるつもりはないと明言しています。
この事業を永続的なものにするつもりであり、20年代後半をメドに次の新型機を開発する計画です。
MRJと同じ小型機か、中型機にするかなどは今後の世界需要を見ながら検討するとしています。
MRJがどうなるかもわからない段階で非常に気の早い話なのですが、
個人的には、リージョナルクラスで成功したら、次はもっと大きいヒコーキを期待してしまいます。
その場合、現在非常に良好な関係にあるボーイングのテリトリーを侵すことになるのですが。。。
売れば売るほど赤字が膨らみ、経営的失敗から事業中止に追い込まれ、
この苦い経験から半世紀にわたって次の国産旅客機開発が途絶えてしまったYS-11の二の舞にならず、
三菱の思惑通り、是非とも日の丸ヒコーキが世界を飛び回るようになって欲しいと願うのですが、
そのためになんとか乗り越えて欲しい問題があります。
それは国内の大手機体メーカーの多さです。
■一国一企業
戦後の旅客機開発競争で、欧州はアメリカに連敗の状況が続き、
このままでは欧州各国の航空機産業が共倒れしてしまうという強い危機感から、
力を結集してアメリカのメーカーに対抗しようということでエアバスが誕生しました。
エアバスがアメリカと互角に競える強力なライバルに成長する頃、
アメリカの大型旅客機製造メーカーもボーイング一社に集約されたのでした。
一方の日本はというと、国内の大手機体メーカーは、MRJ開発を進める最大手三菱、 P-1、C-Xの川崎、
そして「スバルジェット」の野望を持つ(今も持っているのか?)富士、それにUS-2の新明和もあります。
しかし世界に目を転じれば、欧米でさえボーイングとエアバスに集約され、
それ以外でも機体メーカーは「一国一企業」が普通です。
そんな現状から日本を見た時、国内メーカーの多さは異様でさえあります。
■日本の事情
人、金、施設を国家レベルで集約しなければ、とても世界中に売れる魅力的なヒコーキを作ることはできない-
そのための「一国一メーカー」であり、これが世界の潮流になっているのですが、日本では集約化がまったく進みません。
日本の大手機体メーカー三社はいずれも重工業が母体であり、親会社の中の一部門という位置付けになっています。
それぞれの航空部門は、親会社の中でそこそこの位置を占めており、
例えば三菱重工の連結売上高は3.3兆円、その中で航空機部門の売上高は約2000億円。
全体から見れば6%に過ぎないのですが、この中には、
777の後部・尾部胴体、乗降扉、787の主翼の生産が含まれており、
ボーイングが開発を進める次期「777X」でも、現行の777と同じ部位の製造を担当することが内定していて、
今後10年、20年と安定的な売り上げの見込めるボーイングの下請け仕事が大きいです。
こうした事情は他の2社も同様です。
三菱の場合、今後はここにMRJの売り上げが加わる訳ですが、将来的に月産10機体制を目指しています。
計画通りに進むと、MRJの売上高は約6,000億円となり、航空機部門の売上高は一気に4倍となり、
連結売上高に占める割合は一気に20%まで跳ね上がります。
今は三菱重工が社一丸となって航空機部門を全力サポートする必要がありますから分離は難しく、
かといって一旦MRJの生産が軌道に乗れば、今度は一転手放したがらないでしょう。
仮に国内重工各社から航空機部門だけを抜き取って一つの会社に統合しようとした場合、
母体は安定的な売り上げを失うことになり、この長期安定によって支えられていた部門の幾つかは存続が困難になるはずです。
欧州では航空機の専門メーカーが多く、結集してエアバスを造ることが出来たのですが、
日本の機体メーカーは重工業の一部であるということが集約を非常に難しくしてしまっています。
世界の航空事情とは異なり集約が進まないことの弊害として、各社がバラバラに開発計画を立てて動いてしまいます。
三菱のMRJ構想が固まり、事業化発表をしようかという頃、
川崎ではP-1、C-Xを100~150席クラスの民間機、民間貨物輸送機に転用するという構想がありました。
流石にこちらは現在下火になっているようですが、
2000年代後半にはMRJと並行してP-1、C-Xの民間転用が大真面目に検討されていました。
こちらも開発には補助金をあてにしているでしょうし、
こうして各社からバラバラに似たような旅客機の開発計画が持ち上がり、
それぞれが人、金(国からの補助金含む)、施設を自社の企画を進めるために動かそうとしている状態です。
果たしてこれが半世紀の間旅客機を作れなかった国の背丈に見合った開発のペースなのか、個人的には非常に疑問です。
補助金頼みどころか、税金払いつつ自力でヒコーキ作っちゃう会社なら、いくらあってもいいんですけどね。
■目標数
航空機業界の巨人ボーイングとエアバスは、100席以下の旅客機を作っていません。
この100席以下クラスをエンブラエルとボンバルディアが分け合い、更にロシアと中国が新たに参入しました。
実績ある二社だけでなく、ロシア、中国勢にも地盤を確立されてしまったら、参入のチャンスは永久になくなる。
参入が遅れれば遅れる程不利になる-
MRJが開発に踏み切った背景には、そうした強い危機感も含まれていました。
今後は需要が拡大するアジアでの営業を強化し、
2018年には現在より更に600機積み増しして、計1,000機の受注を目指すとしています。
前述の通りこのクラスの市場規模は今後20年で5,000機で、
2007年10月のATO発表の際には、この20%、1,000機を目標に掲げていました。
凄い数字を出すものだと思っていたのですが、2014年10月のロールアウトの時にはこの目標が更に増え、
5,000機の半分をとりたいとのことです(@Д@)2.5バイ!!
これまでボンバルディアとエンブラエルで市場を二分していた訳ですが、ボンバルディアは事実上1クラス上の市場に移ります。
空いた席にMRJが収まって、エンブラエルと市場を二分しようという算段なのでしょう。
ところが前記事の通り、MRJは6年かけて400機の受注を得た訳ですが、
エンブラエルのE2は僅か1年余りであっという間にこの数字に追いついてしまいました。
これを見ると、「むむむむ…」という感じですが、E2のベース機はガンガン飛び回っているのに対し、
MRJは未だ試験飛行もしていません。
計算やシミュレーションでMRJの性能は想定されているのですが、これから実際に実機で様々な試験を行うことで、
実際とのズレが出てきます。
想定より悪い方に振れるかもしれませんし、良い方に振れる部分もあるかもしれません。
計算上出しているスペックより実際は良くなるかもしれず、設計変更も必要になるでしょうし、
MRJの性能はまだまだ流動的なのだそうです。
今は机上の空論で営業活動を行っていますが、今後実際の試験を通してこの数字が実証されていく訳で、
そうなれば受注にも弾みがつくだろうとみているのだそうです。
また、この段階で400機というのはこのクラスではこれまでなかったことなのだそうです。
■今後のスケジュール等
現在のところMRJの最大顧客は米スカイウエスト社で、確定100機、オプション100機、合計200機ですから、
スカイウエストだけで受注全体の半分を占めています。
2012年12月にこの契約が発表されたのですが、実はスカイウエスト社、
翌2013年6月にエンブラエルE2も確定100機、オプション100機、合計200機の契約をしています。
同じクラスのヒコーキをわざわざ別メーカーで揃えるというのは通常考えられませんから、
開発の進捗状況を見極めてどちらかをキャンセルするつもりではないかという観測があります。
こうした面からも、MRJの遅延はもう許されない状況になっています。
当初の計画では、初飛行を2011年、初号機の納入を2013年と予定していました。
最新の発表では、2015年6月までに試験飛行を開始し、
飛行試験用の実機を5機用意し、それを並行して飛ばすことにしており、2017年上期デリバリー予定です。
既に4年の遅れ。
旅客機開発に遅れは付き物で、これまでのところ顧客は冷静な対応のようですが、流石にそろそろマズイです。
かつて零戦を設計した建物が三菱航空機本社となり、ここでMRJの開発が進められています。
とにもかくにも今は計画が順調に進み、先ずはMRJが軌道に乗って欲しいと思います。
■安全性の実績
国際航空運送協会(IATA)によれば、機体の製造年月と事故の発生率には関連性がなく、
安全性を決定付けるのは機体の原産国と運航区域なのだそうです。
新しいか古いかより、 ドコで作られ、ドコで飛んでいるかが重要ということですね。
IATAの報告書の中では事故の発生率を元に、エンブラエル機はボーイングやエアバスと同じく、
「西洋製」として分類されています。
つまり「エンブラエル機は安全」ということです。
ネットで検索してもエンブラエル機の事故は、「ゴル航空1907便墜落事故」位しかヒットしません。
E2の受注の勢いを見ると改めて、「旅客機は実績がものをいう」という言葉の重みを思い知らされます。
これはお金で買えるものではなく、1日1日の積み重ねで培う種類のものですから非常に重いです。
MRJも今は、1日も早く飛んで欲しい! イケイケドンドン! ですが、試験飛行で地上を離れた瞬間から、
今後様々な国で、様々な航空会社のパイロットがMRJの操縦輪を握る限り、
「墜落」というリスクをこの先ずっと抱えることになります。
今のところMRJを形容するのは、「低燃費性、低騒音性に優れた/居住性に優れた」といったところでしょう。
願わくばそこに、「安全性の優れた」が付け加わりますように。
(もう続かない)
この記事の資料:
MRJ公式サイト■
JAL公式サイト/グループ使用航空機数■
ANA公式サイト/機材数■
東洋経済オンラインのMRJ関連記事
日経ビジネスオンラインのMRJ関連記事
国産旅客機MRJ飛翔 前間孝則著
PW公式サイト/PW1000G■■■
GE/CF34-8E■
おはようございます。
考察や裏づけの数々素晴らしい!!
今、三機目に手を付けているようですが、いかにせん、内部は厚いベールに
包まれています。生産軍用機による不祥事の犯人が挙がっていない事もあるのでしょう。現在は高い塀に囲まれて、観察(覗き見)する場所もありません・・県営の駐車場も現在、社員向け確保のために、駐車棟を建設中・・あちらこちらで建設の足音が・・
元国際線にあるショッピングモールのファーストフードには、お昼になると、
胸に社員書を付けた外国の方を多く見るようになりました。
もう続かないとありますが・・次を期待しています。
by oldman (2014-12-01 08:42)
部品を海外に発注するのはグローバル化した現代では当たり前でしょうし、最近の地震や噴火などの災害から、製造ラインの全てが絶滅なんてリスクも避けられるでしょうから、都合は良いとおもいますよ。
オーストラリアの議会でも日本製の潜水艦をそのまま購入するか、ドイツの潜水艦を自国で生産するかもめてますよね(゜д゜)日本の優秀な潜水艦は欲しいけど、自国の生産スキルもあげたい。悩ましいところですなぁ(´・ω・`)
by 鹿児島のこういち (2014-12-01 10:42)
う~ん、お腹いっぱいです=MRJてんこ盛りぃ。なんだか、うれしいですょ~♪
しかし、こう開発が遅れて市場的に不利な状況がどんどん進んでいるのを考えると「辛さ」がありますね。しかし、そこはMADE IN JAPANの本質で世界を席巻して欲しいです=「夢」
ところで、勝手な期待でとりさんにご迷惑をかけてしまった某S社問題。申し訳ないです・・・様々な諸要素が複雑に絡み合う業界だから難しいですね。
潰れて税金投入(・・・これはずーっと付きまといます(汗))する場合が出てきたり、LCCのように生き馬の目を抜く存在が出てきたり・・・などなど、一概には語れないものがありますねこの業界。ただ、諸般あっても担保すべきは「安全」=人の命を預かって運んでいる訳ですから、その上での経営であったり、規制であったり、品質であったりするのが運輸業界の宿命。・・・その点、とりさんのシメの言葉に賛同です!
by me-co (2014-12-02 01:00)
皆様 コメント、nice! ありがとうございますm(_ _)m
■OLDMAN様
お粗末様でしたm(_ _)m
もう三機目なのですね!
進捗を実感することが出来ていいですね~。
MRJでは妙な事件が起こらないとよいのですが。。。
>次
何か書けるネタが見つかりましたら考えてみます^^;
■鹿児島のこういちさん
仰る通り品質が良くて安いものを世界中から選ぶのが正しいのだと思います。
資源のない日本が航空宇宙分野の産業で裾の広く力をつけ、
世界中から部品を選びつつも、選んだものが国産だった。ということが増えればいいなあと思いました。
自然災害に対するリスクマネジメントについても同感です。
現状では愛知、岐阜を中心に航空機関連企業が集積しているのですが、
今後これを更に推し進めてこの地域を航空産業の一大拠点にしよう、とか、
MRJ製造工場を観光コースに入れよう、等のプランがあるようですが、
ここも近い将来大地震が予想されている地点ですし、ほどほどにバラけていた方が良いと思います。
それはそうと、はやぶや2 打ち上げですね!
■me-coさん
お粗末様でしたm(_ _)m
オイラといたしましては、業界通のme-coさんの熱い記事を期待してしまうのですが。。。
by とり (2014-12-03 06:17)
鬼畜米国の耐空証明が予定通り取得出来んしこーきなんて危なくて買えんだしょ。まともな航空会社の経営者だら、エンブラエル買うがな。三菱自身が旅客機位作れるだろなんつうとんでも無い勘違いしとるよに思えてならない。
by 通行人 (2019-05-26 13:31)
■通行人さん
貴重なご意見ありがとうございます。
by とり (2019-05-27 06:41)