大分県・大神回天基地跡地(水上機) [├場所]
2016年5月訪問 2021/12更新
撮影年月日1947/11/21(昭22)(USA M664-1 69)■
大分県日出町大神にある「大神回天基地跡地」。
回天の実物大模型が展示してあります。
青マーカー地点。
(現地のパンフレットより)
■基地構築
当基地は元々、大型戦艦、空母が建造可能な「大神海軍工廠」の建設予定地として、昭和16年~17年にかけて建設予算が成立し、100ヘクタール以上の広大な土地が強制買収されていたのですが、戦局の悪化から建設中止となりました。
この建設予定地の一部に昭和20年に開設されたのが、大神回天基地でした。
■歴史的背景と回天
日本海軍が劣勢に立たされる中、兵器庫に何百本と眠っていた九三式魚雷を改造して自らが操縦して体当たりする魚雷が提唱されました。「必死を前提とする兵器は採用できない」と一度は却下されましたが、二人(の提唱者)の熱意によ、り脱出装置のないまま正式な兵器として採用され、「天を回らし戦局を逆転させる」という意味で「回天」と名づけられたのです。
この回天作戦での戦没者は104名とされ、戦死した回天搭乗員の平均年齢は20.8歳であり、多くの若い命を失いました。
頭部には1,550kgの炸薬が充填され、突入の際に搭乗員がスイッチを握り、
命中時の衝撃により体が前方に傾くと自然にスイッチが入るようになっていたのだそうです。
人間が起爆装置の一部でもあったのですね。
ここは飛行機と無縁だと思っていたのですが、現地の案内板を見たら、「飛行機」の文字が。
戻ってから調べてみたら、詳細は不明なのですが、小規模ながら水上機の運用がなされていたのだそうです。
黄色マーカー地点。
「格納所」があった辺り。
「飛行機運搬車」と記されているのみでまったくの憶測になってしまうのですが、
水上機も一緒に格納されていたのでしょうか。
赤マーカー地点。
案内板で「辷」(すべり)があった辺り。
頂いたパンフによれば、「回天を海に浮上させるためのスロープ」と説明されていました。
水上機もここから運用していたのではないかと思うのですが。。。
大分県・大神回天基地跡地(水上機)
設置管理者:海軍
種 別:水上機施設
所在地: 大分県速見郡日出町大神
座 標:N33°20′57″E131°35′19″
(座標はグーグルアースから)
沿革
1945年
4月25日 「大神突撃隊」開隊
5月23日 別府湾を訓練海域にして訓練開始
8月03日 当基地から唯一の出撃。8名の隊員、8名の整備員が回天8基と共に、愛媛県宿毛湾麦が浦へ向け出港
8月12日 出撃待機命令
8月15日 出撃しないまま終戦
8月25日 大神突撃隊解隊
8月31日 米軍に引き渡し。その後残された回天は海洋投棄
関連サイト:
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この記事の資料:
現地のパンフレット
回天・・・
出口のない海で感じたその悲壮感
実際はもっともっと壮絶だったことでしょう・・・
by an-kazu (2016-07-31 09:26)
■an-kazuさん
そうですね。
特に回天に関しては。
by とり (2016-08-01 04:54)