スペースジェット開発中止・2 [├雑談]
■「客室快適性」と「燃費性能」
この記事をアップした時点(2023年2月21日)で、
三菱の公式サイトには今でも三菱航空機/スペースジェットの紹介ページがあり、そこでは、
「Mitsubishi SpaceJetは最高レベルの客室快適性と最高レベルの運航経済性の両方を実現する機体であり」
とあります■
この記事をアップした時点(2023年2月21日)で、
三菱の公式サイトには今でも三菱航空機/スペースジェットの紹介ページがあり、そこでは、
「Mitsubishi SpaceJetは最高レベルの客室快適性と最高レベルの運航経済性の両方を実現する機体であり」
とあります■
(2023/5/14追記:4月25日にサイト閉鎖されました)
「客室快適性」(ローンチカスタマーのAMAから「戦闘機作ってるんじゃないんだぞ」
とかいろいろ言われつつだったようですけど)として具体的には、
座り心地の良いシート、客室の高さが挙げられます(客室内最大高さはE-Jetより4.5cm高い)。
「燃費性能」としては、
最新の空力設計と共に、圧倒的な低音、低燃費性能を謳ったPWの新開発エンジン(GTF)
を世界に先駆けて採用しました。
そして燃費性能に関して、三菱はこれだけで満足しませんでした。
■最大巡航高度
エンブラエルのリージョナルジェット:E-Jetファミリーの最大巡航高度は41,000ft。
対してMRJは39,000ftと、MRJの方が2,000ft低く設定されていて、
これを「MRJは劣っている」とする意見があります。
実際の運航では、乱気流を避けるためにより高い高度として41,000ftを選択する場面が少なくなく、
この高度まで上がれないMRJは快適性の面で不利である。というのがその理由です。
じゃあMRJもエンブラエル機と同等か、もっと高い巡航高度を設定すれば良かったじゃん。
と思ってしまいますが、そもそも旅客機の最大巡航高度って、どうやって決まるのでしょう?
幾つか要素があるのですが、その中の一つに「どの程度の圧力差に耐えられるか」があります。
上空にいくほど空気が薄くなるため、機内に与圧をかけていく訳ですが、
航空パニック映画の定番シーンとしてよく描写されるように、機内にはもの凄い差圧が生じます。
例えばジャンボの場合、「1㎡当たり約6.2tまで耐えられる」という機体強度で設計されており、
この約6.2tという機体強度上の数値から、「最大巡航高度は45,100ft」と定められています。
このように、機体強度をどの程度に設定するかは最大巡航高度に大きく影響します。
最大巡航高度を上げるには機体強度を上げなければならず、機体強度を上げるごとに機体重量が増加し、
当然の結果として燃費が悪化します。
ですからMRJの巡航高度が2,000ft低く設定されているという数字だけ見れば、
一見エンブラエル機より「劣っている」ことになるのですが、
燃費性能の観点では、最大巡航高度が低い→その分機体を軽く設計できる→燃費性能の優れた機体
という別の見方もある訳です。
同様に、エンブラエル機の巡航速度がマッハ0.82であるのに対し、MRJはマッハ0.78です。
これもMRJの「劣っている」点とする意見があるのですが、
巡航速度を低く設定すると、それだけ燃費性能は向上します(これは次の記事で書きます)。
このように、高度や速度の数字だけ持ってきて、どっちが「優れている」とか「劣っている」
とか言う単純な話ではなく、結局のところ、「高度をとるか燃費をとるか」、
若しくは「速度をとるか燃費をとるか」というトレードオフというか、バランスの問題になるのだと思います。
仮に巡航高度でその機の優劣が決まるのだとしたら、
45,100ftまで上がれるジャンボの方が41,000ftまでしか上がれないエンブラエル機よりずっと優れている。
ということになります。
エンブラエルとしては、リージョナルジェット機の実際の運航とコスト等様々な要素を考慮して、
「このクラスは41,000ftで十分」としたのだと思います。
エンブラエルのE-Jetシリーズは2002年に初飛行し、この時点で巡航速度はマッハ0.82でした。
MRJの開発が本格化したのは2008年でしたから、競合機の速度は当然分かっています。
これから機体設計を開始する三菱としては、
E-Jetと同等か、それ以上の巡航高度/速度に設定することもできたはず。
そこを敢えて若干落とし、燃費性能に振ったのであれば、三菱は相当トガったことしたと思いますし、
「燃費性能の徹底」という設計思想に沿ったものと言えます。
■航空会社の選択
世界の航空会社が次期リージョナルジェット機の購入を検討する際、
当然同クラスの競合機の様々なスペックを比較検討します。
MRJを導入するかどうか考慮した時点で、エンブラエル機の方がより高く、早く飛べるのは当然知っています。
巡航速度が競合機と比較して遅いということは、同一路線に競合機も投入されている場合、
時刻表で不利に表示されるケースもあるはず。
乗客の側からすると、「A社よりB社の方が早いみたいだから、B社で行こう」となるかも。
実際に運航が始まれば、「エンブラエル機を先に行かせるから、高度上げるのはちょっと待ってて」
なんて管制官から言われちゃうケースだってあるかもしれません。
航空会社としては、速度や高度が低いことのデメリットと、運航コストを天秤にかけ、
慎重に考慮することになります。
では、航空会社の出した結論はどうだったでしょうか。
■MRJの残した教訓
ANAがMRJのローンチカスタマーとなったのが2008年3月。
それから約6年半後の2014年8月、JALの発注でMRJの受注数は407機となりました。
この受注ペースは過去に例のないものだったそうです。
ところが、エンブラエル社がMRJと同じGTFエンジンを採用したE2(E-JETの改良版)を発表するや、
E2は僅か1年余りでなんと400機超の受注を得ました。
この2つの出来事は、旅客機を買って貰うには信頼と実績が何より大事であることと、
実績がないのを補って余りある性能差があれば、互角以上の勝負は可能であることを示しました。
そんな訳で、MRJが残した教訓とは要するに、
「日本の旅客機をたくさん買って貰うには、何か凄い目玉がないとダメ」ということになるのではないかと。
将来、国内のどこかのメーカーが「国産旅客機を作るぞ!!」と決断した時、何の実績もないところに加えて、
「15年がかりで型式証明すら」というイメージまでつきまとうため、セールス的にはMRJ以上に苦戦するはずです。
それでも、「何か凄い目玉」があれば、勝負できるはず。
いえ、どうかそうであって下さい(希望)。
話は冒頭に戻りますが、MRJが二大看板としてウリにしていた「客室快適性」と「燃費性能」、
これは航空会社への訴求ポイントとしてど真ん中です。
素人のオイラが改めて記事にするまでもなく、三菱は「凄い目玉がないとダメ」であると重々承知しており、
だからこそ特に「燃費性能」に関して、とことん突き詰めたんでしょうね。
果たしてMRJは「劣っている」のか、それとも「燃費に優れている」のか。
そしてそのさじ加減は正しかったのか。
受注数はその一つの解答と思います。
「巡航高度」と「巡航速度」でどれだけMRJを貶める意見があろうとも、
過去に例のないペースで航空会社の支持を集めたという事実は、
三菱の設計思想のバランスが決して間違っていなかった証と言えるのではないでしょうか。
(続きます)
「客室快適性」(ローンチカスタマーのAMAから「戦闘機作ってるんじゃないんだぞ」
とかいろいろ言われつつだったようですけど)として具体的には、
座り心地の良いシート、客室の高さが挙げられます(客室内最大高さはE-Jetより4.5cm高い)。
「燃費性能」としては、
最新の空力設計と共に、圧倒的な低音、低燃費性能を謳ったPWの新開発エンジン(GTF)
を世界に先駆けて採用しました。
そして燃費性能に関して、三菱はこれだけで満足しませんでした。
■最大巡航高度
エンブラエルのリージョナルジェット:E-Jetファミリーの最大巡航高度は41,000ft。
対してMRJは39,000ftと、MRJの方が2,000ft低く設定されていて、
これを「MRJは劣っている」とする意見があります。
実際の運航では、乱気流を避けるためにより高い高度として41,000ftを選択する場面が少なくなく、
この高度まで上がれないMRJは快適性の面で不利である。というのがその理由です。
じゃあMRJもエンブラエル機と同等か、もっと高い巡航高度を設定すれば良かったじゃん。
と思ってしまいますが、そもそも旅客機の最大巡航高度って、どうやって決まるのでしょう?
幾つか要素があるのですが、その中の一つに「どの程度の圧力差に耐えられるか」があります。
上空にいくほど空気が薄くなるため、機内に与圧をかけていく訳ですが、
航空パニック映画の定番シーンとしてよく描写されるように、機内にはもの凄い差圧が生じます。
例えばジャンボの場合、「1㎡当たり約6.2tまで耐えられる」という機体強度で設計されており、
この約6.2tという機体強度上の数値から、「最大巡航高度は45,100ft」と定められています。
このように、機体強度をどの程度に設定するかは最大巡航高度に大きく影響します。
最大巡航高度を上げるには機体強度を上げなければならず、機体強度を上げるごとに機体重量が増加し、
当然の結果として燃費が悪化します。
ですからMRJの巡航高度が2,000ft低く設定されているという数字だけ見れば、
一見エンブラエル機より「劣っている」ことになるのですが、
燃費性能の観点では、最大巡航高度が低い→その分機体を軽く設計できる→燃費性能の優れた機体
という別の見方もある訳です。
同様に、エンブラエル機の巡航速度がマッハ0.82であるのに対し、MRJはマッハ0.78です。
これもMRJの「劣っている」点とする意見があるのですが、
巡航速度を低く設定すると、それだけ燃費性能は向上します(これは次の記事で書きます)。
このように、高度や速度の数字だけ持ってきて、どっちが「優れている」とか「劣っている」
とか言う単純な話ではなく、結局のところ、「高度をとるか燃費をとるか」、
若しくは「速度をとるか燃費をとるか」というトレードオフというか、バランスの問題になるのだと思います。
仮に巡航高度でその機の優劣が決まるのだとしたら、
45,100ftまで上がれるジャンボの方が41,000ftまでしか上がれないエンブラエル機よりずっと優れている。
ということになります。
エンブラエルとしては、リージョナルジェット機の実際の運航とコスト等様々な要素を考慮して、
「このクラスは41,000ftで十分」としたのだと思います。
エンブラエルのE-Jetシリーズは2002年に初飛行し、この時点で巡航速度はマッハ0.82でした。
MRJの開発が本格化したのは2008年でしたから、競合機の速度は当然分かっています。
これから機体設計を開始する三菱としては、
E-Jetと同等か、それ以上の巡航高度/速度に設定することもできたはず。
そこを敢えて若干落とし、燃費性能に振ったのであれば、三菱は相当トガったことしたと思いますし、
「燃費性能の徹底」という設計思想に沿ったものと言えます。
■航空会社の選択
世界の航空会社が次期リージョナルジェット機の購入を検討する際、
当然同クラスの競合機の様々なスペックを比較検討します。
MRJを導入するかどうか考慮した時点で、エンブラエル機の方がより高く、早く飛べるのは当然知っています。
巡航速度が競合機と比較して遅いということは、同一路線に競合機も投入されている場合、
時刻表で不利に表示されるケースもあるはず。
乗客の側からすると、「A社よりB社の方が早いみたいだから、B社で行こう」となるかも。
実際に運航が始まれば、「エンブラエル機を先に行かせるから、高度上げるのはちょっと待ってて」
なんて管制官から言われちゃうケースだってあるかもしれません。
航空会社としては、速度や高度が低いことのデメリットと、運航コストを天秤にかけ、
慎重に考慮することになります。
では、航空会社の出した結論はどうだったでしょうか。
■MRJの残した教訓
ANAがMRJのローンチカスタマーとなったのが2008年3月。
それから約6年半後の2014年8月、JALの発注でMRJの受注数は407機となりました。
この受注ペースは過去に例のないものだったそうです。
ところが、エンブラエル社がMRJと同じGTFエンジンを採用したE2(E-JETの改良版)を発表するや、
E2は僅か1年余りでなんと400機超の受注を得ました。
この2つの出来事は、旅客機を買って貰うには信頼と実績が何より大事であることと、
実績がないのを補って余りある性能差があれば、互角以上の勝負は可能であることを示しました。
そんな訳で、MRJが残した教訓とは要するに、
「日本の旅客機をたくさん買って貰うには、何か凄い目玉がないとダメ」ということになるのではないかと。
将来、国内のどこかのメーカーが「国産旅客機を作るぞ!!」と決断した時、何の実績もないところに加えて、
「15年がかりで型式証明すら」というイメージまでつきまとうため、セールス的にはMRJ以上に苦戦するはずです。
それでも、「何か凄い目玉」があれば、勝負できるはず。
いえ、どうかそうであって下さい(希望)。
話は冒頭に戻りますが、MRJが二大看板としてウリにしていた「客室快適性」と「燃費性能」、
これは航空会社への訴求ポイントとしてど真ん中です。
素人のオイラが改めて記事にするまでもなく、三菱は「凄い目玉がないとダメ」であると重々承知しており、
だからこそ特に「燃費性能」に関して、とことん突き詰めたんでしょうね。
果たしてMRJは「劣っている」のか、それとも「燃費に優れている」のか。
そしてそのさじ加減は正しかったのか。
受注数はその一つの解答と思います。
「巡航高度」と「巡航速度」でどれだけMRJを貶める意見があろうとも、
過去に例のないペースで航空会社の支持を集めたという事実は、
三菱の設計思想のバランスが決して間違っていなかった証と言えるのではないでしょうか。
(続きます)
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