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A380生産終了・2 主翼の話 [├雑談]

翼面荷重
~お知らせ~ 
ここからA380のストレッチ型が登場します。
A380には複数の派生型案があり、ダッシュナンバーが変遷したため、
実際に生産された初期型を-800、ストレッチ型を-900に統一して以下話を進めます。


747とA380の翼面積を比較すると、A380の方が1.57倍大きいです。
A380のが重いですから翼が大きくなるのは当然なんですが、
最大離陸重量÷翼面積で翼面荷重を出すと、

B747-400 738kg/㎡
A380-800 663kg/㎡

となります。
現代の旅客機の翼面荷重は、おおよそ600~700台なので、
どちらもちゃんとその範囲内に収まってるんですが、
翼面荷重のセオリーをご存知の方でしたら、
両者の数字をご覧になって「ハテ?」と首をかしげることでしょう。
どこかの記事で書きましたが、「二乗三乗の法則」というもの
(大きさが変化すると、面積は二乗、重さは三乗に比例して変化する)があります。
簡単に言うと、「大きくなると、それ以上にうんと重くなる」。ということで、
重力に逆らって飛ぶためには軽さが非常に重要だというのに、
ヒコーキは大型化する程、図体がデカいだけの木偶の坊になってしまいがちという恐ろしい宿命があります。

この物理法則からして、大型化は燃費面で不利なんです。
このため大型機ほど厳しく軽量化に取り組まねばならず、
「大型機ほど翼面積を切り詰めるべし」というがセオリーになっています。
このセオリーに従うなら、離陸重量が重くなるごとに翼面荷重の数字は大きくなりますから、
上の数字も普通はA380の方が大きいはずで、
必ずしも747<A380 にならないにしても、
こんなに数字に差があるというのは、ちょっと考えられません。
では他のエアバス機の翼面荷重はどうなっているかというと

A320 629kg/㎡
A330-300 644 kg/㎡
A340-300 749 kg/㎡
A380-800 663kg/㎡ ←

こんな感じ。
下にいくほど重いヒコーキです。
上から3番目まではセオリー通り、順調に翼面荷重が大きくなってますが、
A380だけ、急にガクッと数字が小さくなっています。
つまりA380は、同じエアバスファミリーの中で比較しても、それまでの流れに反し、セオリーを無視して(しかもくうきよまずかなり大胆に)翼面積を大きくしています。
先程の「二乗三乗の法則」は、翼にも当然作用します。
最大離陸重量の割に翼が大きいということは、翼はそれだけ余分に重くなりますし、空気抵抗も増えてしまいます。

翼を大きくすることは何もデメリットばかりではなく、
翼形にもよるんですが、翼を大きくすることのメリットとして、
低速で余裕をもって離着陸が可能となり、短い滑走路でも運用可能となります。
更にゆっくり経済的に巡航するのに向いたヒコーキになります。
ところがA380は、747と同等の巡航速度(M0.85。結構速い)を設定しているのです。
これも以前どっかの記事で書きましたが、速度を落とせばエコになる車とは異なり、
ヒコーキは設定した巡航速度付近で最も効率良く飛べるように設計されています。
前記事からここまでを簡単にまとめますと-

前方投影面積が大きく、空気抵抗が増えた割には寸詰まりな胴体
巡航速度を747並みの高速に設定している割にはやけに大きな主翼

ということに。
「(某B社の747より)環境性能に優れた超大型機」と盛んに宣伝した割に、
こうしてスペックを見ていくと、ドコを目指しているのか、ちぐはぐな印象を受けます。
仮に翼面荷重を747と同等に設定したならば、翼面積は90%弱で済むことになり、
「二乗三乗の法則」に従えば、それに伴って主翼の重量は85%に減らせたはず。
YouTubeにA380の製造工程の紹介があったのですが(下記リンク参照)、
エルロン、エンジン等の取り付けをしていない主翼の基本構造のみで、「片翼29t」と紹介されていました。
単純計算ですが、片翼29tの85%で済むとしたら、両翼で8.7tの減量になります。
基本構造が小さく、軽くて済むなら、それは構造自体の更なる軽量化につながり、
各動翼、主翼内部の配管等もその分コンパクトに、軽くなるはず。
翼面荷重を747並みにするだけで、10tくらいは軽くなったんじゃないでしょうか(適当)。


ちゃんと意味あった
重量的にも燃費的にもわざわざ不利な翼を採用したエアバスの意図がまったく理解できず、
すっかり考え込んでしまっていたんですが、
英語版Wiki/Airbus A380の”Wings”の項目に
この疑問に答える興味深い記述がありましたので以下抜粋させて頂きます。

「A380の主翼は、将来のバージョンに対応するために650トンを超える最大離陸重量に対応するサイズになっています。この重量の最適な翼幅は約90 m(300フィート)ですが、空港の制限により80 m(260フィート)未満に制限され、アスペクト比が7.8に低下し、燃費が約10%低下し、運用コストが増加しました。翼の設計は、その重量のためにA380-800乗客モデルの燃費を犠牲にしますが、エアバスは航空機のサイズと最先端の技術が747-400より乗客1人当たりの運用コストが低いと推定しています。」(グーグル翻訳)

これはエアバスの公式アナウンスではなく、”Wiki情報”であることを頭に入れておく必要があるんですが、
オイラとしては、どうしてA380-800があの仕様になったのか、これで非常に納得がいきました。
先程、

前方投影面積が大きく、空気抵抗が増えた割には寸詰まりな胴体
巡航速度を747並みの高速に設定している割にはやけに大きな主翼

と書きましたが、胴体が寸詰まりなのはその後のストレッチのためであり、
やけに大きな主翼は重量が増した時のためのものだったんですね。
記事には、「最大離陸重量650t超」とあります。
A380-800の最大離陸重量は560tなので、
あの主翼、本当は90t以上の重量増加に対応するためのものだった。ということになります。
最大離陸重量650tとすると、翼面荷重は769kg/㎡になります。
超大型機の翼面荷重としては、まあ妥当な数字なんじゃないでしょうか(何様か)。
あの不可思議な主翼のデカさは、ちゃんと明確な意図に基づいて算出されたものだったのです。
先程のエアバス各機の翼面荷重に並べてみると、こんな感じ。

A320 629kg/㎡
A330-300 644 kg/㎡
A340-300 749 kg/㎡
A380-800 663kg/㎡
A380-900 769kg/㎡←

「大型化するほど~」というセオリーに則り、順調に数字が大きくなっています。
これならとてもしっくりきますね。
B747-400が738kg/㎡なので、ちゃんと747<A380になってますし。
これでエアバスがこの主翼で狙った本来の翼面荷重が出ました。
先程は翼面荷重を747-400と同等(738kg/㎡)と仮定して計算しましたが、
では、最大離陸重量560tの-800が、翼面荷重769kg/㎡として、
その身の丈に合った主翼とした場合、翼面積、その重さはどのくらいになるでしょうか?
こちらも二乗三乗の法則に当てはめた単純計算なんですが、
翼面積は86%で済み、主翼の重量は80%で済みます。
先程の主翼の基本構造の重さに換算すると、両翼で11.6tの軽量化につながります。
不随するあれやこれや含めると、更に軽くなるはずです。
つまり-800は、将来誕生するであろう妹がうんと重く大きくなることを見越して、
10tを優に超える余計な重さと大きさの主翼を装備したことになります。

しかも、-800の主翼にまつわる悲劇はこれで終わりません。
先程の英語版Wikiの引用部分には、
「空港の制限により、翼幅が80 m未満に制限されている」的な一文があります。
オイラはまったく知らなかったんですが、
747より大型の機体を開発する動きが各メーカーにあった1990年代、
ICAOは”80-metre box”というルールを定めました。
これは文脈からすると、「全長、全幅が80mを超えてはならない」ということのようです。
察するにこのルール名、「縦横80mのハコに入る大きさじゃないとダメよ」ということでしょうか。
なかなか洒落てますね~(*´∀`*)
(「ハコに斜めに入れれば80m以上のヒコーキでもイケるじゃん」というのはナシの方向で)

それで最大離陸重量650tに対応するため、空力的には90mの翼幅が欲しいところ、
80mのハコに収まるように79.8mにせざるを得ず、
必要な翼面積は決まっているのに翼幅を短くせざるを得ないため、
アスペクト比を低く(翼を太く)して帳尻合わせをしました。
翼を太くすると効率が下がってしまうのですが、ルールですから仕方ありません。
結果として燃費が10%悪化するというネガが出てしまいました。
しかもこれ、将来ストレッチ型が出た時のためのネガです。
-800にとっては大き過ぎて重いだけでなく、
効率も悪いという二重のネガを被ることになり踏んだり蹴ったりです。
成長期の子供が「すぐ大きくなるから」と非常に重くてブカブカの運動靴を与えられ、
しかも「速く走れ」と強要されるようなものでしょうか。

初期型の-800開発が正式に決定した2000年12月には、
早くも3クラスで656席のストレッチ型が提案されましたし、
2007年の就航開始の頃、ストレッチ型を望む航空会社が実際に複数ありました。
ストレッチ型こそ、本来A380が持っているポテンシャルを十分に発揮できるので、
デビューしたての頃、-800は、
「フッ、俺はまだ本気なんか出しちゃいないぜ!」
そう意気込んでいたはずです。

747が初期型の-100から-200、-300とモデルチェンジを果たすたび、
徐々に性能を上げていったのと同様、
エアバスとしては、初期型の-800型はほんの挨拶代わりで、
3クラス656席のストレッチ型-900こそ本命であり、本当は早くこっちに移行したかったんじゃないでしょうか。
ところがその後なかなかストレッチ型を出すことができず、
次の記事で書きますが、航空業界の変化も相まって、
A380は、「満席にしなければ採算のとれないヒコーキ」というイメージがすっかり定着し、
座席数の多さが自らの首を絞める恰好となりました。

-800の胴体や主翼のことをさも大問題かのようにあれこれ書き連ねてしまいましたが、
将来的な派生型を最初から見越して「こんなこともあろうかと」と、
あらかじめ仕込んでおくという手法は何もA380に限ったことではなく、
MRJはじめ他のヒコーキもやっていることなんですが、
A380にとって悲劇だったのは、こうした仕込みが結局活かせないままとなり、
A380を取り巻く全てが裏目に出てしまったことでしょう。
そして迎えた2019年2月14日、ついにエアバスは
「2021年にA380の生産を中止する」と発表したのでした。

(続きます)

YouTube/BBC How to Build A380 Super Jumbo 

A380生産終了・1(胴体の話) 

A380生産終了・3(エンジンの話) 
A380生産終了・4(航空会社の話) 
A380生産終了・5(メーカーの話・上) 
A380生産終了・6(メーカーの話・下) 


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