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福島県・勿来風船爆弾打ち上げ基地跡 [├場所]

   2019年9月 訪問  



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撮影年月日1946/07/24(USA M205-A-7 143) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

福島県いわき市にあった「風船爆弾打ち上げ基地」。

常磐線勿来(なこそ)駅から引込線が建設され、倉庫、三角兵舎等の諸施設があり、

「放球台」が12あったのだそうです。

ここは基地跡の資料が最も充実していて、ググるといろいろ出てくると思います。

上の航空写真に(ある程度)反映させましたが、お陰で基地の規模、様子について知ることができました。

上に貼った終戦から11ヵ月後の航空写真の赤矢印が放球台なんですが、

「多分ここもそうなんじゃないだろうか」というものまで含めても、

10しか見つかりませんでした。


今更なんですが、「風船爆弾を打ち上げた場所」と聞いてオイラが勝手に想像していたのは、

波打際で2~3人がパッと手を放す。というラジオゾンデ的なものでした。

放球台の数は、ここと千葉の一宮が12、茨城の大津が18で、

総勢2,000名ともされる隊員は、放球台の数に合わせて編成されました。

3ヶ所で1944年11月から翌年3月までの間に、合計9,300もの打ち上げがありましたから、

単純計算で、1つの放球台につき221.4発の打ち上げがあったことに。

ここ勿来は12の放球台でしたから、合計2,657発の打ち上げがあった計算になります。

それだけの数の直径10mにもなる気球を満たすのに必要なだけの水素、膨大な物資の搬入、保管、組み立て、

それらを実施する隊員のための施設等々、打ち上げのための施設は、

オイラが想像していたよりずっとずっと大規模でした。


他の2基地同様、当基地でも昭和19年11月3日未明から打ち上げを開始したのですが、

同月1日に爆発事故が起きてしまい、死傷者が出ています。


戦史叢書81巻340pの中に、

昭和19年10月18日、19日に大津と勿来付近の主力部隊陣地視察についての記述があります。

当基地についての部分を以下引用させて頂きます。
 
勿来陣地 
立派なり
呉羽化学工業錦町工場
水素発生能力 2430㎥x2  1940㎥x1
コンプレッサー 100㎥/M24時間=2400㎥x2

また、風船爆弾にどの程度の効果があったのかについても記されていました。

81巻457p
米西部防衛司令部参謀長W・Hウィルバー代将の報告
内輪に見積もっても900~1,000個がアメリカ大陸に到達した。
風船爆弾が落下した区域はアラスカからメキシコに至る広範囲にわたり、
太平洋北西地帯から西部カナダにかけて200個近くが発見され、その外75
の風船の破片が陸場や海中から拾われた。
なお少なくも100個の風船が上空で爆発したのを見た人々がいる。
この攻撃はたいしたものではないと人々に思わせようと努めたが、実際にはこれは戦争
技術上の目覚ましい一進展を画したものであった。世界で初めて飛び道具が人間に
導かれないで海を渡ったのである。しかもそれが大損害をもたらす可能性が十分にあった。
幸いにも冬で雪のため山火事は少なかった。
軍隊式の消化班がいくつも編成された。また植物や獣、人間等に対する細菌を運んで来るのでは
あるまいかと心配し、アメリカ政府が動かした細菌学者は4,000名に及び、
要所要所に防毒マスクや薬が準備される騒ぎであった。
風船爆弾が米国本土でどれ程の効果を上げているかをかくすため、米国はこれを秘密にし、
国民に警告を与えることもできなかった。新聞もラジオも検閲によって
これを報道しなかったからである。

旧陸軍登戸研究所見学記というサイト様(下記リンク参照)によれば、

当時の日本は、アメリカの牛を殺すための牛の伝染病原ウイルスの分離、乾燥、感染の実験に成功し、

この牛疾病毒粉末を風船爆弾に積んで実践に応用できると参謀本部の会議で意見が一致したのですが、

結局は報復を恐れ実行しなかったのだそうです。

米国の恐れたシナリオ、本当は実行可能だったのですね。


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現地にある案内板と碑(先頭のグーグルマップ黒マーカー)




     福島県・勿来風船爆弾打ち上げ基地跡         
勿来風船爆弾打ち上げ基地 データ
設置管理者:旧陸軍
種 別:風船爆弾打ち上げ基地
所在地:福島県いわき市勿来町
座 標:N36°52′35″E140°47′3″
標 高:10m
(座標、標高は国土地理院から)

沿革
1944年11月1日 未明、暴発により死亡3名、負傷3名
    11月3日 放球開始

関連サイト:
旧陸軍登戸研究所見学記 
風船爆弾 

この記事の資料:
戦史叢書81巻340p,457p


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