台湾・埔里飛行場跡地 [└日本統治時代の飛行場]
(未訪問)
台湾南投県埔里(ほり)鎮にあった日本陸軍の「埔里飛行場」。
TAIWANAIRBLOG/埔里飛行場平面圖 様から許可を得て、記事と作図を使用させて頂いております(下記リンク参照)。
TAIWANAIRBLOGさん、ありがとうございますm(_ _)m
■「盟軍記載的二戰臺灣機場」(下記リンク参照)によれば、
当飛行場は連合軍によりELG(Emergency Landing Ground:緊急著陸場)に分類されていました。
前々回の記事の通り、霧社事件制圧のために埔里練兵場に埔里臨時飛行場が設けられました。
「埔里飛行場」はそこから北北西約1.5kmに位置しています。
霧社事件後、この凄惨な事件を総括する文書の中に、
「要地に飛行場を設くること」という項目があり、
速急の要求に対し飛行隊が活動できたのは、
鹿港飛行場が整備されていたからである。
これに鑑みて将来要地に飛行場着陸場を整備することは極めて必要
という一節があります。
もしかしたら、これが当飛行場建設の一因なのかも。と思いました。
終戦にかけて台湾には無数の飛行場が建設されましたが、
そのほとんどが西海岸(中国側)に設けられており(下記リンク参照)、中央部に設けられているのは、
当飛行場と前々回の臨時飛行場が唯一といって良いくらいです。
台湾・埔里飛行場跡地
埔里飛行場 データ
設置管理者:日本陸軍
種 別:陸上飛行場
所在地:台湾南投県埔里鎮籃城里
座 標:23°58'48.4"N 120°57'47.7"E
標 高:448m
滑走路:1,200mx143m
方 位:16/34
(座標、標高、滑走路長さ、方位はグーグルアースから)
関連サイト:
TAIWANAIRBLOG/埔里飛行場平面図■
盟軍記載的二戰臺灣機場(21コマ)■
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