国立飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]
2015年7月訪問 2021/12更新

1/25000「府中」昭和5年二部「今昔マップ on the web」より作成
東京都国立市の「国立(くにたち)飛行場」跡地。
中央線国立駅から南武線谷保駅に延びる都道146号線、通称「大学通り」は、
非常に幅広の道路がまるで定規で引かれたように真っ直ぐに続いています。
この道路がかつて滑走路として使用されていました。
国立駅前から伸びる道路は、谷保駅の少し手前の「富士見台第一団地交差点」まで、約1.7km真っ直ぐなのですが、
この全部が滑走路として設定されていたのかどうか、不明です。
1941年の航空写真(下記リンク参照)で確認すると、上の地図でオレンジで囲った1.3km区間だけが幅広で、
その先は急に細くなっています。
ということで、この部分が滑走路として設定されていたのではないかと。
学園都市構想を元に、国立駅前から放射状に伸びる3本の大通りを含め、
国立の街並みをデザインしたのは堤康次郎氏でした。
軽井沢開発にも力を注ぎ、飛行場を建設したのも氏でしたから、
1927年8月16日、東京と軽井沢間で定期飛行が始まった際、
東京周辺にいくつもある飛行場の中から当飛行場が選ばれたのは、決して偶然ではないでしょう。
当飛行場については情報が非常に少ないのですが、
ネットではこれ以外の情報として、
軽井沢便に使用したのは、海軍から払い下げた一〇式艦上偵察機で、国立―南軽井沢間を50分で結んでいた。
というものがありました。
一〇式艦上偵察機は初の艦上偵察機で、民間に多く払い下げられたヒコーキです。
また、立川飛行場が攻撃を受けて使えなくなった際の予備飛行場にされていた。という話もあります。
立川飛行場は当飛行場から西北西約4.5kmの位置にあります。
赤マーカー地点。
今から90年ほど昔、ここから軽井沢にヒコーキが飛んでいたのですねえ。。。
東京都・国立飛行場跡地
種 別:陸上飛行場
所在地:東京都国立市東2丁目他
座 標:N35°41′34″E139°26′49″
標 高:76m
滑走路:1,300m?
方 位:18/36
(座標、標高、滑走路長さ、方位はグーグルアースから)
沿革
1927年08月 16日、東京~軽井沢間定期飛行始まる
関連サイト:
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ココも南北なのですね!
武蔵野に現存する飛行場:調布、横田、立川、入間
はどれも南北に滑走路が建設されていますが、
何か理由があってのことなのでしょうか?
by an-kazu (2015-11-04 21:43)
■an-kazuさん
やっぱり風向じゃないでしょうか。
空港建設の際、少なくとも数年分の風のデータを分析して滑走路の方向を考慮すると聞いたことあります。
軍も同様のことしてました。
by とり (2015-11-05 17:57)
本当にまっすぐな道路ですね。なるほどここに飛行場があったわけですね(^O^)
by 鹿児島のこういち (2015-11-05 18:59)
■鹿児島のこういちさん
定規で引いたみたいですよね!
by とり (2015-11-06 18:49)