呉航空基地跡地 [├国内の空港、飛行場]
2012年11月訪問 2021/8更新
撮影年月日1946/05/24(昭21)(USA M144-A-4 12)■
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
広島県呉市にあった「呉航空基地」。
呉港、江田島から休山を越えて東側にあります。
先頭のグーグルマップは、上に貼った航空写真等で作図しました。
精度はかなり低いと思います。
滑走路は「十字滑走路」というか、なんとも独特な形状ですね。
当時は飛行場敷地南側は未だ埋め立てられておらず、海岸線になっていました。
また敷地北側(虹村公園のあたり)は「広重油槽」だったのだそうで、
これは上に貼った航空写真では小さくて分かりにくいのですが、
リンク先で見ていただきますと鮮明に油槽群が映ってます。
飛行場の歴史は古く、 大正14年から水上機の運用が始まりました。
当初は水上機のみだったのですが、後に陸上滑走路が建設され、水陸両用飛行場となりました。
■防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。
基地名:呉(水上陸上両基地) 建設ノ年:1931 飛行場 長x幅 米:1000x50モルタール 台90x140 主要機隊数:陸小型1.0 水偵2.0 主任務:作戦 隧道竝ニ地下施設:居住、指揮所、電信所、燃料庫、爆弾庫、倉庫、工業場、魚雷調整場、魚雷格納庫 掩体:水上機分散 其ノ他記事:魚雷同時調整8本 魚雷格納庫50本
■防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調 には、
「※佐世保空広分遣隊開隊(T14.4.1)」
「※呉空開隊(広分遣隊廃止)(S6.6.1)(昭6建)」とありました。
緑マーカー地点。
虹村公園。
この周辺が当時は広重油槽でした。
今でもちょっと掘ると微量に油を含んでいたりするのかしらん。
赤マーカー地点。
交差する滑走路のほぼ中央付近
青マーカー地点。
水上機用スリップがドコにあったのか、資料から確認できていないのですが、
前述の防衛研究所資料に「台90x140」とあり、この部分の辺の長さが丁度140mでした。
上に貼った航空写真でも格納庫前だし、駐機スペースもあるし、スロープっぽいし、
恐らくここだったのではないかと。
広島県・呉航空基地跡地
呉航空基地 データ設置管理者:旧海軍
種 別:水陸両用飛行場
所在地:広島県呉市広多賀谷3丁目
座 標:N34°13′30″E132°36′31″
標 高:4m
滑走路:(450m×100m)x2、滑走台幅140m 「日本海軍航空史」(終戦時)より
方 位:05/23、14/32
(座標、標高、方位はグーグルアースから)
沿革
1925年04月 1日 佐世保航空隊広分遣隊開隊
1931年06月 建設。1日、呉航空隊開隊。呉鎮守府所属となる
1934年 陸上飛行場施設完成、艦戦隊及び艦攻隊を配備
1945年05月 5日 解隊
関連サイト:
ブログ内関連記事■
この記事の資料:
「日本海軍航空史」(終戦時)
防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調
音戸の瀬戸を渡って、江田島へは!?
(また行きたいなぁ(^^);)
by an-kazu (2013-05-08 22:41)
■an-kazuさん
江田島は行ってないんですよ^^;
ホラ、このブログは超硬派なヒコーキ専門ブログですから(o ̄∇ ̄o)
by とり (2013-05-09 06:57)