茨城県・大津風船爆弾打ち上げ基地跡 [├場所]
2019年9月訪問 2022/1更新
撮影年月日1946/10/10(USA M283-A-10 53)■
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
茨城県北茨城市にあった「大津風船爆弾打ち上げ基地」。
現在跡地には「わすれじ平和の碑」が建立され、放球台跡が現存しています。
前記事の通り、風船爆弾打ち上げ基地は、千葉、茨城、福島の三カ所だったのですが、
連隊本部はここ茨城県大津におかれ、第二大隊が千葉、第三大隊が福島でした。
千葉と福島の放球台が12だったのに対し、ここ大津は18ありました。
上の航空写真は当時の基地周辺のもので、明確に「ここが放球台」と明示した資料が見つからなかったため、
如何にも放球台っぽいものを赤矢印で示してあります。
オイラは6個しか見つけられなかったのですが、18あったので、本当は周辺にまだまだあったはずです。
千葉と福島の基地は、水素を昭和電工川崎工場に供給して貰っていたのに対し、
ここ大津では自前の水素ガス発生装置、水素ガスタンクを備えていました。
しかも他の2基地と比べて放球台の数が1.5倍でしたから、
人員、施設もその分大規模だった訳で、ここに映っている建物や道路は、
もしかしたら当時は全体的に基地で使用していたのかもしれません。
■戦史叢書81巻に、特に大津(と勿来)についての記事がありましたので、引用させて頂きます。
339~340p
10月18日、19日に大津と勿来付近の主力部隊陣地を視察
大津付近
敷地 27万坪
南谷 陣地9
水素発生装置 冷却水-海水より
中谷 同右
北谷 同右
目下瓦斯「タンク」を除き完了 電力-関東配電
地域内民家なし(殆んど立退き)
兵器費(製造用)900万
大津 550万円
勿来 170万円
一宮 180万円
鋼材 1,500屯
懇談 迷彩偽装 放球100~150(日)
風船爆弾の打ち上げは、3基地とも11月3日未明だったのですが、
当日未明、当基地では爆発事故が起きてしまい、死亡3名、負傷4~5名という被害を出しています。
「わすれじ平和の碑」から少し離れた場所に鎮魂碑があります。
碑の横にある案内板
この案内板だと小さくしか映っていないんですが、真ん中に放球台までの行き方が図示されています。
この案内板だと小さくしか映っていないんですが、真ん中に放球台までの行き方が図示されています。
放球台跡。
案内板に従って、ぬかるんだ草ボーボーの小道を進むと、何重にも張り巡らされたクモ(大)の巣が。
それを突破して約160m先、やっとたどり着きました。
案内板に従って、ぬかるんだ草ボーボーの小道を進むと、何重にも張り巡らされたクモ(大)の巣が。
それを突破して約160m先、やっとたどり着きました。
来た道を引き返すのが嫌だったので、すぐそこに見えている県道に出ると-
県道の斜め向かいに鎮魂碑がありました。
鎮魂碑の近くから。
画面奥に放球台跡があります。
画面右側に見えている建設会社の資材置場脇に小道があり、ここを通ると放球台の目の前に出ます。
わすれじ平和の碑から案内板に従った方が移動距離は短いんですが、特に夏場はこっちからの方が楽かも。
画面奥に放球台跡があります。
画面右側に見えている建設会社の資材置場脇に小道があり、ここを通ると放球台の目の前に出ます。
わすれじ平和の碑から案内板に従った方が移動距離は短いんですが、特に夏場はこっちからの方が楽かも。
茨城県・大津風船爆弾打ち上げ基地跡
大津風船爆弾打ち上げ基地 データ
設置管理者:旧陸軍
種 別:風船爆弾打ち上げ基地
所在地:茨城県北茨城市平潟町
座 標:N36°50′32″E140°47′48″
標 高:6m
(座標、標高は国土地理院から)
沿革
1944年11月3日 放球開始
関連サイト:
風船爆弾■
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旅行記■
この記事の資料:
現地の碑文、説明版
戦史叢書81巻339~340p
視力検査っぽいのを探してみると、
それらしきものがチラホラ・・・興味深いですね((o(´∀`)o))ワクワク
時代が移って、今じゃ水素で車やバスが走る・・・
by an-kazu (2019-09-02 21:08)
■an-kazuさん
矢印で示した以外にも見つかりましたでしょうか。
>時代が移って
そう考えると隔世の感ですね~
by とり (2019-09-03 04:32)