朝鮮・中江鎮飛行場跡地 [└日本統治時代の飛行場]
2017年7月作成 2022/1更新
北朝鮮の中江郡中江(ちゅうこう)鎮。
ここに「中江鎮飛行場」がありました。
北朝鮮の中でも北部に位置し、しかも標高330mという高地にあります。
Wikiによれば、中江鎮は朝鮮半島最寒の地で、1月の平均気温は-16.5℃、1933年に-43°Cを記録したのだそうです。
後述しますが、水路部資料の中でも、
「毎年11月上旬より翌年4月上旬に至る間は積雪30糎に達し且地下約1.5米迄凍結す。」
という一文があり、極寒の地であることを窺わせます。
中国との国境であり、上のマップにも出てますが、飛行場敷地から最短400m足らず、鴨緑江を渡った先はもう中国です。
前記事の「江界飛行場」に引き続き、ここも平安北道警察部管理の警備用陸上飛行場です。
当飛行場は、米軍が付した識別コード表にも登録がないので、
朝鮮戦争では(少なくとも飛行場としては)使用されなかったのではないかと思います。
そのせいもあってか、この飛行場についてはネット上の情報が非常に少なくて、
■「京城飛行場小史」(下記リンク参照)の中で、
「朝鮮航空研究所は1930年(昭和5年)9月、新義州・中江鎭間試験飛行を実施した」とあり、
■「京城飛行場」(下記リンク参照)の中で、
「昭和6年に京城-中江鎮の試験飛行が朝鮮航空研究所によって行われた」とありました。
このことから、遅くとも昭和5年には飛行場として開設しており、
日本による統治終了と共に閉鎖したのかもしれません。
■防衛研究所収蔵資料:「水路部 航空路資料第9 朝鮮地方飛行場及不時着陸場 昭和18年9月刊行」
の中から、当飛行場についての資料を以下引用させて頂きました。
第12 中江鎭飛行場(昭和18年4月調)
管理者 平安北道警察部。
位置 朝鮮平安北道慈城郡中江面中坪洞中江鎮。
(中江鎮の北東方0.8粁、北緯41°42′0、東経126°55′0)。
種別 警備用陸上飛行場。
着陸場の状況
高さ
平均水面上約330米。
広さ及形状
本場は長さ北東-南西880米、幅北西-南東平均150米の中央に於て彎曲せる略長方形地域なり。
着陸地域は概ね図示の長さ北東-南西800米幅50米の舗装滑走路を最適と認むるも
風向等に依りては場内の全地域を使用するも支障なし(付図参照)。
地表の土質
砂混り尋常土。
地面の状況
滑走路は砂及尋常土を以て転圧舗装し平坦且堅硬なり・其の他の整地地区は凸凹起伏なき平坦地にして概ね堅硬なり・
殆ど一面に芝及雑草を生ず・排水良好なるも降雨後及解氷期(4月上旬)には地表軟弱と為る・
毎年11月上旬より翌年4月上旬に至る間は積雪30糎に達し且地下約1.5米迄凍結す。
場内の障碍物
場内南西側に高さ4米の格納庫1棟あり。
適当なる離着陸方向
夏季は南西、冬季は北東(恒風)を可とす。
離着陸上注意すべき点
冬季積雪の為着陸地域は稍狭隘となり又解氷期には地表泥濘となるを以て可及的舗装滑走路を使用するを可とす。
施設
木造格納庫1(間口14.6米、奥行14.6米、高さ4米)平安北道警察部所属・満州航空株式会社中江鎮出張所・
油庫1・倉庫・気象観測所等あり。
昼間標識 吹流信号柱(西端中央部)1あり。
夜間標識 なし。
周囲の状況
山岳
本場は鴨緑江の左岸に位し北方は畑地にして南東方は水田多し・付近は蓋馬高台と称する台地の北縁に在り
東方約700米付近より山地と為り次第に標高を増し2.4粁にして高さ900米の烏徳山あり・
西方は約300米にして鴨緑江に臨み対岸は直に1,121米山の山麓となり東西両方向は極めて狭隘なるも
北東及南西方の河流方向は地貌稍開濶なり。
樹林
北東方約300米の鴨緑江河岸に卑低なる柳林ある外付近に障碍となるものなし。
朝鮮・中江鎮飛行場跡地
中江鎮飛行場 データ(昭和18年4月調)
設置管理者:平安北道警察部
種 別:警備用陸上飛行場
所在地:朝鮮平安北道慈城郡中江面中坪洞中江鎮(中江鎮の北東方0.8km)
座 標:N41°46′55″E126°52′51″
標 高:330m
滑走路:800mx50m
方 位:04/22
(座標、標高、方位はグーグルアースから)
沿革
1930年09月 朝鮮航空研究所、新義州・中江鎭間航空路の試験飛行実施
1931年 朝鮮航空研究所、京城・中江鎮間試験飛行実施
関連サイト:
京城飛行場■
京城飛行場小史■(リンク切れ)
この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料:「水路部 航空路資料第9 朝鮮地方飛行場及不時着陸場 昭和18年9月刊行」