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奄美群島・5 [■旅行記]


ホテル→県立図書館→奄美空港→羽田空港→坂戸駅→自宅//


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5日目

ホテル最寄りの県立図書館へ。

開館時間とほぼ同時に入館し、ヒコーキの時間ギリギリまでパソコンデスクをお借りして、

ひたすら資料集めと記録付け。

その後空港に移動。

レンタカーを返却して空港で手続きを済ませ、搭乗待合室にあるパソコンが使えるデスクでもひたすら記録付け。

「搭乗待合室でパソコン作業」

これ、いつかやってみたかったんです(o ̄∇ ̄o)フフ


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14:15 奄美空港発


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16:20 羽田到着

17:25 羽田発(バス)

19:00 坂戸駅着

徒歩で駐車場に移動し、無事自宅に戻ったのでした。


(あとがき)

2012年与論島にお邪魔したのですが、

今回はそれ以外の(飛行場のある)奄美群島にお邪魔したのでした。

一連の奄美群島旅行記でも書きましたが、奄美群島を訪れて先ず強烈に感じたのは、

島のそこここにある沖縄文化でした(伝統行事、信仰、民具等)。

行く先々の店でも、地元FMでも、TVCMでも、流れているのは琉球民謡の三線の音色。

島の方言は沖縄の方言から類推できるし、

標準語でも、その喋り方やイントネーションはどこか沖縄っぽいです。

(鹿児島県なのに、なんでこんなにオキナワなんだろう??)

日を経るごとにそんな疑問が膨れ上がってゆき、島の図書館では、飛行場について一通り調べたら、

実は余った時間で奄美群島のルーツ関連の本を探してました。

(どの図書館にも、「琉球弧」、「ヤポネシア」という馴染みのない言葉をキーワードにした本が並んでた)

そしてある1冊の本(題名忘れた)の極めて簡潔な1節で、その疑問が一気に解けたのでした。

「1600年までの約400年間、奄美群島は琉球王国の統治下にあったため、言語を始め、その影響は今日に至るまで色濃く残ることとなった」

奄美群島は琉球王国の統治下にあったのか!!

オイラはこのことを全っっったく知りませんでした。

本当にお恥ずかしい話です。

沖縄県民の端くれとして、この歴史的事実はきちんと心に刻んでおかねば。

400年の琉球時代が終わって更に400年経ったけど、それでもこれだけ沖縄っぽさが残るのは、

気候風土、島同士という同じ環境が大きいのかしらん。

これまた図書館で見つけたある書籍(題名忘れた)なんですが、その一節が強く印象に残りました。

「本土とも、沖縄とも、ちょっと違う。独特な発展を遂げた島、奄美」

自宅に戻り、集めまくった資料を見ながら改めて思い返すと、

すごく沖縄っぽいけど、でもやっぱり奄美は奄美でした。


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祖国復帰十五周年の記念樹


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こんな歌があったんですね(@Д@)

詳しく書くとキリがないので簡単に書くと、

終戦と共に奄美群島と沖縄を軍政下に置いた米国は、これら島々を日本に返還せず、

アメリカの信託統治にしようと目論んでいた時期がありました。

この辺りのことは、

アジ歴/本土復帰から70年 ー アジ歴資料からみる奄美群島返還の軌跡 ー で非常に分かり易く解説されてました。

これで奄美群島の旅行記はおしまいです。

長々とお付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m

(もう続かない)


うっかり貼り忘れた写真を以下まとめて貼っておきます。


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鹿児島県・奄美大島要塞司令部跡

   2024年4月訪問  



 
鹿児島県大島郡瀬戸内町古仁屋にある「奄美大島要塞司令部跡」碑。

大島海峡防備のため設置された陸軍施設です。

前記事でも触れましたが、手安弾薬本庫跡等、現存するこの要塞の一部が国指定史跡になりました。


DSC_2851_00001.jpg

県立古仁屋高校正門。

画面左端に碑が建立しています。


DSC_2846_00001.jpgDSC_2847_00001.jpgDSC_2849_00001.jpgDSC_2850_00001.jpg


碑文(全文)
 大正九年(一九二〇)古仁屋に陸軍築城本部奄美大島支部が開設され、直ちに大島海峡東口(皆津崎・安脚場)、同西口(西古見・実久)四地点に砲台陣地構築と共に要塞司令部施設工事が着工。後に「太平洋上の防衛制限条約」(ワシントン)が締結され工事は中止の止むなきに至った。大正十二年(一九二三)砲台工事は未完成のまゝ奄美大島要塞司令部は、現在地に開庁された。以来、要塞司令官以下各砲台監視員・所要兵科要員が常駐した。この時同時開設された父島、膨湖島要塞と共に、日本三大要塞として国防第一線を担った。以来要塞地帯法・軍紀保護法等の施行により一般住民の日常生活にも制約を受けるに至った。昭和十六年(一九四一)大東亜戦争勃発、大島海峡は南進基地と化し、艦船や戦闘機の発着が激化、海峡両岸各地には三軍の防備部隊が駐屯、沖縄作戦と共に敵機は要塞司令部を目標として間断なく来襲、同司令部も遂に古仁屋市街地と共に被爆、周囲の塀に無数の弾痕を残し終戦となった。
 こゝに由来の一端を記し後世に伝承する。 平成三年秋 瀬戸内大正会




     鹿児島県・奄美大島要塞司令部跡         
奄美大島要塞司令部跡 データ
設置管理者:陸軍
所在地:鹿児島県大島郡瀬戸内町古仁屋399-1
座 標:28°09'05.2"N 129°18'43.1"E
(座標は碑の位置。グーグルアースから)

沿革
1920年 古仁屋に陸軍築城本部奄美大島支部開設
1923年 奄美大島要塞司令部開庁
1941年 大東亜戦争
1945年 終戦
1991年 碑建立

 
関連サイト:
ブログ内関連記事

この記事の資料:
現地碑文


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鹿児島県・手安弾薬本庫跡

   2024年4月訪問  





鹿児島県奄美大島南端、手安にある「手安弾薬本庫跡」。

前記事の古仁屋基地から車で約2kmの場所にあります。

当「手安弾薬本庫跡」と、「西古見砲台跡」、「安脚場砲台跡」の三か所が「奄美大島要塞跡」として、

2022年12月に国指定史跡に指定されました。

当施設については、良質のサイト様が多数ありますので、詳しくはそちらをご覧いただくと良いと思います。


DSC_2845_00001.jpg

県道から手安弾薬本庫跡に通じる細道入ってすぐの所に門柱があります。


DSC_2843_00001.jpgDSC_2844_00001.jpgDSC_2838_00001.jpg
説明板:旧陸軍弾薬庫跡(全文)
 この弾薬庫跡は、旧陸軍により昭和七年に構築完成され、戦時中は南西諸島及び南方防衛の海陸空軍弾薬貯蔵補給基地として厳戒態勢がとられていたため地元民は この壕の存在すら知らなかった。
 終戦により、武装解除とともに大量の弾薬が運びだされ、当地沖の大島海峡にすてられて、初めて弾薬庫という事がわかった。
 この施設の内部は網の目に組まれた鉄骨を厚いコンクリートで固め、さらに銅板を張りめぐらせ空気が漏れないように、又、湿気防止のため周囲は空間を設け風圧に耐えるため二重壁の構造になっているなど、当時の弾薬庫としては珍しく規模、構造とも日本で最も優れた施設であったと言われている。

(字が欠けている部分は、あちこちのサイト様に掲載されている当説明版の古い写真から補いました)


B.jpg
内部の写真をずらずらと並べますが、なんのこっちゃか分からなくなるので。

動きとしてはこんな感じで、入口から入って、出口から出ました。

ではさっそく。


DSC_2824_00001.jpgA1.jpg


DSC_2823_00001.jpg

DSC_2825_00001.jpg

DSC_2826_00001.jpgA2.jpg
この写真からだとよく分らないですが、上述の説明版にある通り、弾薬庫が二重構造になってます。

もっとパシャパシャ撮っとけば良かった。


DSC_2828_00001.jpg
こちらに立て掛けてあった見取図を活用させて頂きましたm(_ _)m


DSC_2829_00001.jpg
通路を通って第二弾薬庫に行きます。


DSC_2830_00001.jpgA3.jpgDSC_2831_00001.jpgDSC_2835_00001.jpgDSC_2836_00001.jpg
この写真だと、その厳重で手の込んだ二重構造が伝わりますかね。

説明版によれば、昭和7年完成とのことで、100年近く昔のものです。

ただただ驚くばかりです。


DSC_2837_00001.jpgA4.jpg
出た。

電気を消して帰ります~。



     鹿児島県・手安弾薬本庫跡         
手安弾薬本庫 データ
設置管理者:陸軍
所在地:鹿児島県大島郡瀬戸内町手安540
座 標:28°09'26.9"N 129°17'57.2"E
標 高:47m
(座標、標高はグーグルアースから)
沿革
1931年 この頃建設
1945年 終戦
2022年 国指定史跡


関連サイト:
瀬戸内町/手安弾薬本庫跡 
ブログ内関連記事

この記事の資料:
現地の説明版
九州の戦争遺跡


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■飛行場/跡地リストA■ 北海道~関東 [├国内の空港、飛行場]

字数制限のため二分割してあります。続き   
五十音順飛行場索引 場所が分からない飛行場   情報お待ちしておりますm(_ _)m
最終更新:2024/05/17 鹿児島県・奄美大島水上基地(古仁屋基地)跡地 追加

4.PNG

 

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 阿見飛行場(廃止後) 
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大利根飛行場
  
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守谷(MFOC守屋)飛行場跡地   
真壁(金敷)秘匿飛行場跡地 
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黒磯陸軍(埼玉、那須野)飛行場跡地  
金丸原陸軍飛行場跡地
  
湯津上(佐良土)飛行場跡地
  
御前原飛行場跡地
  
今市飛行場跡地
  
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壬生(上長田/国谷)飛行場跡地  
仁良川飛行場跡地
  
小山絹滑空場
  
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スカイフィールドわたらせ離着陸場(藤岡場外離着陸場)
  
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黒磯滑空場跡地  

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板倉滑空場
     
大西(館林エアロ、旧陸軍館林)飛行場(運用当時)     
 館林(大西)飛行場跡地追加  
太田小泉飛行場跡地       
尾島飛行場跡地  
新田陸軍(生品)飛行場跡地        
桐生愛国飛行場跡地      
前橋(堤ヶ岡)飛行場跡地      
高崎飛行場跡地   
相馬原飛行場
  
伊勢崎場外離着陸場 
坂東飛行場跡地 
敷島滑空訓練所跡地 

■埼玉県■ (COMPLETE)   
羽生滑空場
    
読売加須滑空場(旧大利根滑空場)     
宝珠花滑空場     
妻沼グライダー滑空場
     
児玉飛行場跡地    
三尻陸軍(稜威ケ原)飛行場跡地     
小原(熊谷南)飛行場跡地
     
荒川河畔グライダー場跡地
   
関東松山飛行場跡地
    
東京フライングクラブ飛行場
    
ホンダエアポート
     
 桶川陸軍飛行場跡地  
坂戸陸軍飛行場跡地
    
高萩飛行場跡地    
大宮の中島飛行機飛行場跡地
    
越谷(論田、新和、荻島)飛行場跡地
      
所沢飛行場跡地     
入間基地(旧豊岡飛行場、修武台飛行場、ジョンソン基地)    
狭山飛行場跡地
      
吹上飛行場
  
大里飛行場
  
浦和(埼玉第一)飛行場跡地
  
朝霞訓練場離着陸場跡地
  
川口地方滑空訓練所(舟戸ヶ原滑空場)跡地 

■千葉県■ (COMPLETE)   
下志津陸軍飛行学校銚子分教場跡地
    
香取航空基地(干潟の飛行場)跡地    
横芝(栗山、横芝栗山)飛行場跡地    
成田国際空港(成田空港)     
下志津陸軍飛行学校八街分教場跡地     
豊成(東金)飛行場跡地    
関宿滑空場
  
蕃昌飛行場跡地    
柏飛行場跡地
    
逓信省印旛地方航空機乗員養成所、印旛(草深)飛行場跡地
   
下総航空基地
    
松戸飛行場跡地  
習志野離着陸場  
船橋飛行場跡地(初代)  
船橋飛行場跡地(二代目)
    
伊藤飛行機研究所滑走路(津田沼、伊藤飛行場)跡地    
下志津飛行場跡地
   
稲毛飛行場跡地
    
白戸飛行機教習所跡地   
浦安市の臨時滑走路
   
誉田飛行場(平川滑空場)跡地
    
真名(茂原)飛行場跡地   
茂原海軍航空基地跡地
    
太東航空基地跡地    
木更津飛行場
    
館山航空基地
    
県営千葉県魚群探見飛行場跡地  
大利根飛行場跡地(水上機基地)  
佐原飛行場跡地 
五井水上基地跡地  
第一航空学校跡地 
川口地方滑空訓練所(舟戸ヶ原滑空場)跡地 
大日本飛行協会航空機訓練所松戸飛行場跡地 
習志野4丁目滑走路跡地 

■東京都■ (COMPLETE)   
千住草加間国道秘匿滑走路跡   
赤羽飛行場跡地  
板橋(前野)飛行場跡地
  
成増陸軍飛行場跡地
  
成増飛行場秘匿滑走路跡地 
篠崎飛行場(江戸川飛行場)跡地  
江戸川飛行場跡地  
洲崎(深川浦)飛行場跡地・江東区  
月島飛行場(晴海連絡用滑走路)跡地 
東雲飛行場跡地  
代々木練兵場跡地
  
東京国際空港(羽田空港)
  
 東京羽田飛行場(1931~1939)  
 東京飛行場(1940~1945)  
 ハネダエアベース(1945~1952)  
 東京国際空港(1952~)  
戸田橋滑空場跡地
  
読売飛行場跡地
  
調布飛行場
  
東京陸軍航空学校滑空場跡地  
横田(旧福生、多摩)飛行場  
国立飛行場跡地  
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更新履歴
2024/05/17 鹿児島県・奄美大島水上基地(古仁屋基地)跡地 追加
2024/05/15 鹿児島県・旧奄美空港跡地 追加
2024/05/13 鹿児島県・奄美空港 追加
2024/05/10 鹿児島県・喜界空港 追加
2024/05/08 鹿児島県・喜界航空基地(喜界ヶ島航空基地)跡地 追加
2024/05/03 鹿児島県・徳之島飛行場跡地 追加
2024/05/01 鹿児島県・浅間飛行場(徳之島北飛行場)跡地 追加
2024/04/24 鹿児島県・徳之島空港(徳之島子宝空港) 追加
2024/04/19 鹿児島県・沖永良部空港 追加
2024/03/18 鹿児島県・小川飛行機練習所跡地 追加
2024/03/01 徳島県・沖洲飛行場跡地 追加
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2024/02/05 島根県・都野津町付近着陸場跡地 追加
2024/01/31 島根県・なかうみスカイポート 追加
2024/01/08 和歌山県・旧南紀白浜空港跡地 追加
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2023/12/22 兵庫県・繫昌飛行場跡地 追加
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2023/11/10 東京都・環七滑走路跡 追加
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2023/01/23 群馬県・敷島滑空訓練所跡地 追加


鹿児島県・奄美大島水上基地(古仁屋基地)跡地 [├国内の空港、飛行場]

   2024年1月訪問  



7.jpg
撮影年月日1965/12/21(昭40)(MKU653X C15B 3) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

9.png
a.png
Ryukyu Islands airfields. Report No. 1-b(10), USSBS Index Section 6 
(国立国会図書館ウェブサイトから転載。2枚とも)


鹿児島県奄美大島の南端に海軍の「奄美大島水上基地(古仁屋基地)」がありました。

この記事作成に当たって、鹿児島のこういちさん、地元図書館の学芸員さんに大変お世話になりました。

どうもありがとうございましたm(_ _)m

先頭のグーグルマップは、「せとうちなんでも探検隊/須手」 から作図させて頂きました(これが一番詳細だった)。


■戦史叢書「沖縄方面海軍作戦」p100

十九年一月八日、佐鎮命令による航空基地整備要領は次のとおりで、従来と違って明らかに作戦基地として整備が進められた。

施設名 奄美大島
工事要領等 古仁屋基地現工事を極力促進す
(滑走台新設を含む)
記事 昭和一八年官房機密第二八三三号訓令に依り施行

防衛庁防衛研修所戦史室 編『沖縄方面海軍作戦』,朝雲新聞社,1968. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9581812 (参照 2024-05-15)
 

■防衛研究所収蔵資料:「海軍航空基地現状表(内地の部)」(昭和二十年八月調)

位置 鹿児島県大島郡古仁屋
基地名 奄美大島水上基地
建設ノ年 1940
飛行場 80x40 60x15 混木
格納庫 1,800㎡
収容施設 士官 50 兵員 150
工場倉庫 〇(施設あるも数量不明)
主要機隊数 小型機
主任務 作戦
隧道並に地下施設 〇(施設あるも数量不明)
掩体 〇(施設あるも数量不明)


■名瀬市史 下巻
62p
大島の要塞とその重要性 日本海軍の戦略からいって、南西諸島の役割として、二つのことが考えられていた。その一つは、艦隊の前進基地としての役割、すなわち迎撃戦の場合、主力の前進基地として、大島の薩川湾が考えられていた。これはのちには、トラック島に変わることになる。今一つの役割は、海上交通上の要地という考え方である。南西諸島は、南方からの重要物資の輸入や、補給作戦などにおいて、南方航路の哨戒や護衛のための中間基地として、重要であると考えられていた。
63p
十九年十月十日、空母十七隻を基幹とした米機動部隊の延一四◯◯機による南西諸島の空襲は、空の威力をまざまざとみせつけられた。海軍は、古仁屋の須手の航空基地の滑走台新設、喜界に小型機約五◯機分の秘匿所工事を、二十年二月完成をメドに、指令した。陸軍も、十八年、徳之島に機動用飛行場の建設に着手した。
66p
近海における戦闘は、昭和二十年(一九四五)3月ごろ米機動部隊が接近してきてから、航空隊による索敵および攻撃がなされている。三月二十五日には、喜界空港から天山五機が発進し、米戦艦二隻に夜間雷撃を加えている。二十六日、第一機動(中継)基地航空部隊指揮官は、喜界基地使用を有利と認め薄暮、七◯一空司令を基地司令官として、彗星一八機・天山五機を率い、同島に進出させている。そのうち、天山五機は二十七日◯時発進し(未帰還二)、彗星一二機は五時三◯分発(未帰還九)となっている。4月十一日には、本島南方にある機動部隊へ、爆戦五◯機・彗星九機が攻撃を加え、空母二隻・艦船三隻に被害を与えたが、二五機が未帰還となっている。4月二十五日には、古仁屋からも、瑞雲三機が沖縄周辺艦船攻撃に飛び立っている。このように奄美諸島近海では、終戦まで毎日のように、米機動部隊と日本特攻隊との激戦が展開されていたのである。


DSC_2770_00001.jpg
施設跡・1

ということで現地にお邪魔してきました。

現在は埋立が進んでいますが、当時は道路隔ててすぐ浜辺でした。

山を削って平地を確保したんでしょうね。

当時は基地の施設が立ち並んでいた場所ですが、現在はガス会社等の敷地になっています。


DSC_2766_00001.jpg
紫マーカー地点。

海軍航空隊古仁屋基地跡碑。

須手二本松公園の道路側にあります。


DSC_2767_00001.jpg
平成三年九月 海軍航空隊古仁屋基地跡 瀬戸内町大正会之建

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碑文 この須手地内は大東亜戦中旧日本海軍航空隊唯一の南進中継基地として前線に匹敵する役割を果した戦跡の地である 平成三年九月


DSC_2771_00001.jpg
施設跡・2

ここも基地当時、諸施設があった場所です。

ここで海側を振り返ると、


DSC_2772_00001.jpg
こんな感じ。

海沿いの脇道がありますね。

入り口の形状はなだらかに変わりましたが、この脇道は当時からありました。

この脇道を進んでみます。


DSC_2775_00001.jpg
施設跡・3

この建物は当時の詳細な地図に描かれた地割と一致しています。


DSC_2776_00001.jpg
施設跡・4

このスベリは、基地当時の地図には無いので、戦後に建設されたと思うのですが、

防波堤?の沖に向って伸びる部分は、一部が当時の地図に出ています。

画面右側、「立入禁止」「遊泳禁止」2枚看板が並んでます。

ここでカメラを右に振ると、


DSC_2778_00001.jpg

DSC_2777_00001.jpg
こんな感じ。

砂浜は、「立入禁止」の看板のあるコンクリが立ち塞がる向こう側があり、

この場所からこれ以上西に進めないっぽいので、施設跡(と思われるもの)を撮りつつ、県道に出ることに。


DSC_2779_00001.jpg

DSC_2781_00001.jpg


DSC_2782_00001.jpg
施設跡・5

県道に出て、一気に150m位西に進みました。


DSC_2820_00001.jpg
先頭のグーグルマップで見た方が早いのですが、ここから山奥に向って、

かなりの数の施設が立ち並んでいました。

が、山の方へは行かず、ここで左折して海の方に向います。


DSC_2783_00001.jpg
例によって施設跡(と思われるもの)を撮りつつ進みます。


DSC_2784_00001.jpgDSC_2788_00001.jpg
東京大学医科学研究所 奄美病害動物研究施設
ハブ実験飼育中に付ききけんですから入ってはいけません

「古仁屋基地跡地は現在東大の施設になっている」的な説明をしばしば目にしました。

いよいよ中枢に踏み込みます!<(`・ω・´)(入ってないけど)。


DSC_2789_00001.jpgDSC_2790_00001.jpgDSC_2792_00001.jpgDSC_2793_00001.jpgDSC_2791_00001.jpgDSC_2794_00001.jpg
これは先程の東大施設内を外側から撮ったのですが、

第四塁 
品名 第二石油類(JIS2号軽油)
最大数量 三九〇立
少量危険物貯蔵取扱所
火気厳禁
とあります。

灯油貯めてあるみたいですが、コンクリのこの質感からすると、基地当時の施設を流用しているような…


DSC_2796_00001.jpgDSC_2797_00001.jpg
施設跡・7

中枢の西の端っこに来ました。

基地当時の地図からすると、ここは中枢の敷地外のため、このスベリは当時からあったとしても、

水上機が使用したものではないはず。幅も狭いですし。

以下この周辺をずらずらと。


DSC_2798_00001.jpgDSC_2799_00001.jpg

DSC_2801_00001.jpgDSC_2803_00001.jpgDSC_2804_00001.jpgDSC_2806_00001.jpg
中枢側。

水上機用の滑走台跡です。


DSC_2807_00001.jpg

DSC_2808_00001.jpg
施設跡・8


DSC_2811_00001.jpgDSC_2812_00001.jpgDSC_2814_00001.jpg
赤マーカー地点。

当時はここに滑走台があり、日常的に水上機が使用していました。




     鹿児島県・奄美大島水上基地(古仁屋基地)跡地         
奄美大島水上基地(古仁屋基地) データ
設置管理者:海軍
種 別:水上機基地
所在地:鹿児島県大島郡瀬戸内町手安
座 標:28°09'00.3"N 129°18'01.7"E
滑走台:80x40 60x15 混木
(座標はグーグルアースから。滑走台長さは防衛研究所収蔵資料から)

関連サイト:
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この記事の資料:
現地の碑文
戦史叢書「沖縄方面海軍作戦」
名瀬市史 下巻
防衛研究所収蔵資料:「海軍航空基地現状表(内地の部)」(昭和二十年八月調)


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