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■飛行場/跡地リストA■ 北海道~関東 [├国内の空港、飛行場]

字数制限のため二分割してあります。続き   
五十音順飛行場索引 場所が分からない飛行場   情報お待ちしておりますm(_ _)m
最終更新:2024/07/01 福岡県・九州飛行機香椎製作所のスベリ跡 追加

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 北海道 
■道北■ (COMPLETE)     
礼文空港     
利尻空港  
稚内空港   
稚内水上基地(稚内海軍飛行場)跡地
    
サロベツフライトクラブ滑走路
   
浅茅野第一飛行場跡地
   
浅茅野第二飛行場跡地
  
名寄駐屯地滑走路
   
愛別飛行場(運用当時)
    
 愛別飛行場(廃止後)
  
当麻滑空場    
トムラウシフライトクラブ
   
新得(西部地区)農道離着陸場
     
旭川飛行場    
旭川空港  
美瑛滑空場  
上富良野演習場飛行場
   
稚内不時着陸場跡地 

■道東■ (COMPLETE)     
紋別(オホーツク紋別)空港
  
旧紋別空港跡地
   
遠軽駐屯地滑走路
   
北見地区農道離着陸場(スカイポートきたみ)
    
旧女満別空港跡地     
女満別空港    
美幌航空公園    
美幌第一飛行場跡地    
美幌第三飛行場跡地
    
標津第二航空基地(川北飛行場)跡地   
旧中標津空港(標津第一航空基地)跡地      
中標津(根室中標津)空港       
計根別第一飛行場跡地     
計根別第二飛行場跡地    
計根別第三飛行場跡地    
計根別飛行場    
計根別第五飛行場跡地    
弟子屈飛行場跡地
   
別寒辺飛行場
   
矢臼別飛行場
   
根室航空機(花咲)不時着陸場、根室第一飛行場跡地   
根室航空基地(牧ノ内/根室第二飛行場)跡地
    
愛国釧路飛行場跡地   
釧路(たんちょう釧路)空港    
フライトパーク白糠
    
足寄芽登飛行場
  
上士幌航空公園  
然別演習場滑走路
   
帯広第二飛行場跡地
        
十勝飛行場    
帯広緑ヶ丘飛行場跡地       
音更飛行場跡地       
ホープランド飛行場     
豊頃(MICとよころ)飛行場(運用当時)       
豊頃(MICとよころ)飛行場(廃止後)  
豊頃町滑空場跡地   
帯広(とかち帯広)空港
      
上更別飛行場跡地
  
北海道スペースポート(HOSPO)
  
広尾(小紋別、豊似)飛行場跡地
  
能取水上基地跡地
  
厚岸水上機基地跡地
  
厚岸飛行場跡地  
北斗場外離着陸場跡地
  
トムラウシの飛行場
  
千代田滑空場跡地
  
中標津不時着陸場跡地 
弟子屈不時着陸場跡地 

■道央■ (COMPLETE)
深川市グライダー滑空場
   
赤平航空公園  
たきかわスカイパーク    
滝川駐屯地飛行場
   
美唄農道離着陸場(スカイポート美唄)
    
新篠津滑空場      
UFO PARK 飛行場
   
孫別演習場の滑走路
   
北大夕張川滑空場
   
南幌場外離着陸場   
王子江別飛行場跡地     
丘珠空港(札幌第二飛行場、新札幌飛行場、札幌飛行場)   
札幌第一(北海タイムス社、札幌)飛行場跡地
   
札幌興農園(興農園耕地)飛行場跡地
   
島松演習場滑走路
   
北千歳駐屯地滑走路
   
千歳飛行場(千歳着陸場、千歳第一航空基地)
   
新千歳空港
    
千歳第二、第三飛行場跡地      
日本航空学園千歳校
     
鯉沼スカイパーク   
沼ノ端飛行場跡地   
新冠飛行場  
苫小牧不時着陸場跡地   
雲雀ヶ丘飛行場跡地  
アップルポート余市
  
倶知安駐屯地滑走路
  
大滝飛行場
 
白老滑空場  
敷生飛行場跡地  
幌別駐屯地滑走路跡地
  
室蘭飛行場跡地
    
小樽航空水上基地(小樽海軍飛行場)跡地
  
富浦不時着陸場跡地 
室蘭市(室蘭市知利別)飛行場跡地 
シノダイ岬離着陸場跡地 
苫小牧飛行場跡地 
南恵庭駐屯地場外離着陸場跡地(未訪問) 

■道南■ (COMPLETE)    
八雲(室蘭八雲)飛行場
    
奥尻空港
    
旧奥尻空港跡地     
鹿部飛行場    
函館(赤川)飛行場跡地
   
函館空港
     

 東 北 
■青森県■ (COMPLETE)     
樺山飛行場跡地
     
大湊航空基地
      
青森(油川)飛行場跡地
      
旧青森空港跡地
     
青森空港
     
淋代海岸滑走路跡地
    
三沢空港
    
カワヨグリーン牧場滑走路
     
八戸駐屯地飛行場
      
八戸航空基地飛行場
    
三本木(三沢第二)飛行場跡地
  
茂浦水上機基地
  
淋代陸軍飛行場跡地 
木ノ下飛行場(木ノ下平臨時飛行場)跡地 

■岩手県■ (COMPLETE)   
観武ヶ原飛行場跡地
      
鶯宿滑空訓練所跡地
    
山田水上機基地跡地
     
花巻(いわて花巻)空港
    
岩手陸軍飛行場(後藤野飛行場)跡地
    
岩手県第二滑空訓練所跡地
     
金ヶ崎(高谷野原)飛行場跡地
    
小山(水澤)飛行場跡地
  
花巻の不時着陸用滑走路跡地  
見前滑走路(進駐軍滑走路)跡地 

■宮城県■ (COMPLETE)   
瀬峰場外離着陸場(セミネ飛行場)
     
四壇原(高清水)飛行場跡地
   
王城寺原秘匿飛行場跡地   
航空自衛隊松島基地(旧海軍矢本飛行場)
   
利府森郷場外離着陸場
     
霞目飛行(旧陸軍仙台飛行場、仙台第二飛行場)
  
青野木場外離着陸場(スカイライフ飛行場)
  
仙台空港(旧増田陸軍飛行場)
 
角田滑空場
  
宮城野原陸軍練兵場(仙台第一飛行場)跡地
  
追廻練兵場跡地
  

■秋田県■ (COMPLETE)    
能代陸軍(東雲)飛行場跡地
     
ハイランド滑空場跡地
    
大館能代(あきた北)空港
     
田代菜の花飛行場
   
大潟場外離着陸場跡地
      
旧秋田空港跡地
     
四ツ小屋滑空場
     
秋田空港
   
稲沢場外MLP専用飛行場
    
六郷(明田地)飛行場跡地
     
土浦海軍航空隊秋田基地跡地
  
新屋の飛行学校跡地 
後三年滑空機練習所跡地 
佐藤章飛行士発着跡地 
北楢岡飛行場跡地 

■山形県■ (COMPLETE)   
庄内空港(おいしい庄内空港)
  
真室川飛行場跡地
  
升形飛行場(滑空場)跡地
  
大蔵村南山の場外離着陸場
  
玉野原飛行場跡地
  
山形空港(おいしい山形空港)
  
日飛(漆山)飛行場跡地
  
むつみ飛行場  
八幡原飛行場跡地 
寒河江の滑空場跡地(推定位置) 

■福島県■ (COMPLETE) 
ふくしまスカイパーク
  
梁川場外離着陸場   
原町陸軍飛行場跡地  
磐城陸軍飛行場跡地
   
馬場平飛行場跡地
   
第二郡山航空基地(金谷飛行場)跡地
   
矢吹陸軍飛行場跡地      
福島空港
   
棚倉(沢田、石川沢田)飛行場跡地
   
須賀川飛行場跡地
  
浅川航空基地跡地  
第三郡山航空基地(大槻飛行場)跡地  
御代田航空基地跡地 


 関 東 
■茨城県■ (COMPLETE)   
十王飛行場
      
河原子滑空場跡地  
水戸北飛行場跡地
     
水戸陸軍(水戸東)飛行場跡地
     
水戸南(吉田)飛行場跡地
    
湊町海岸滑空場跡地  
大洗場外離着陸場跡地
  
水戸フライングクラブ
       
百里飛行場(茨城空港)
     
鉾田(豊鹿島)飛行場跡地     
北浦海軍航空隊跡地     
神之池航空基地跡地     
内閣中央航空研究所鹿島実験場跡地     
軽野滑空場跡地
      
筑波航空基地(友部飛行場)跡地
     
大日本飛行協会中央滑空訓練所(石岡飛行場)跡地
     
石岡航空基地(東の辻飛行場)跡地
     
千代田場外離着陸場
 
古河航空機乗員養成所(岡郷/小堤/関戸の飛行場)跡地    
下館ULP飛行場  
関城ULP飛行場    
下館飛行場跡地
     
明野場外離着陸場
     
真壁(桜川、筑波)滑空場
     
海老ケ島秘匿飛行場跡地
     
西筑波飛行場跡地
     
大畑秘匿飛行場跡地
  
大曽根飛行場跡地
  
谷田部航空基地跡地
     
霞ヶ浦海軍航空隊跡地
     
土浦海軍航空隊跡地
  
舟島水上機離着水場跡地
  
阿見飛行場
  
 阿見飛行場(廃止後) 
ピッコロ水上飛行場(鹿島海軍航空隊跡地)  
竜ヶ崎(貝原塚)飛行場跡地  
竜ヶ崎飛行場
  
大利根飛行場
  
守屋飛行場
   
守谷(MFOC守屋)飛行場跡地   
真壁(金敷)秘匿飛行場跡地 
つくば滑空場  

■栃木県■ (COMPLETE)   
スカイフィールドナス)
  
黒磯陸軍(埼玉、那須野)飛行場跡地  
金丸原陸軍飛行場跡地
  
湯津上(佐良土)飛行場跡地
  
御前原飛行場跡地
  
今市飛行場跡地
  
鬼怒川(氏家)滑空場
  
ツインリンクもてぎ南滑走路
  
宇都宮場外離着陸場
  
宇都宮陸軍(清原/鐺山)飛行場跡地
  
大野原飛行場跡地
  
宇都宮(宇都宮南)飛行場
  
壬生(上長田/国谷)飛行場跡地  
仁良川飛行場跡地
  
小山絹滑空場
  
藤岡(静和)飛行場跡地
  
スカイフィールドわたらせ離着陸場(藤岡場外離着陸場)
  
中禅寺湖水上機基地跡地 
黒磯滑空場跡地  

■群馬県■ (COMPLETE)   
板倉滑空場
     
大西(館林エアロ、旧陸軍館林)飛行場(運用当時)     
 館林(大西)飛行場跡地追加  
太田小泉飛行場跡地       
尾島飛行場跡地  
新田陸軍(生品)飛行場跡地        
桐生愛国飛行場跡地      
前橋(堤ヶ岡)飛行場跡地      
高崎飛行場跡地   
相馬原飛行場
  
伊勢崎場外離着陸場 
坂東飛行場跡地 
敷島滑空訓練所跡地 

■埼玉県■ (COMPLETE)   
羽生滑空場
    
読売加須滑空場(旧大利根滑空場)     
宝珠花滑空場     
妻沼グライダー滑空場
     
児玉飛行場跡地    
三尻陸軍(稜威ケ原)飛行場跡地     
小原(熊谷南)飛行場跡地
     
荒川河畔グライダー場跡地
   
関東松山飛行場跡地
    
東京フライングクラブ飛行場
    
ホンダエアポート
     
 桶川陸軍飛行場跡地  
坂戸陸軍飛行場跡地
    
高萩飛行場跡地    
大宮の中島飛行機飛行場跡地
    
越谷(論田、新和、荻島)飛行場跡地
      
所沢飛行場跡地     
入間基地(旧豊岡飛行場、修武台飛行場、ジョンソン基地)    
狭山飛行場跡地
      
吹上飛行場
  
大里飛行場
  
浦和(埼玉第一)飛行場跡地
  
朝霞訓練場離着陸場跡地
  
川口地方滑空訓練所(舟戸ヶ原滑空場)跡地 

■千葉県■ (COMPLETE)   
下志津陸軍飛行学校銚子分教場跡地
    
香取航空基地(干潟の飛行場)跡地    
横芝(栗山、横芝栗山)飛行場跡地    
成田国際空港(成田空港)     
下志津陸軍飛行学校八街分教場跡地     
豊成(東金)飛行場跡地    
関宿滑空場
  
蕃昌飛行場跡地    
柏飛行場跡地
    
逓信省印旛地方航空機乗員養成所、印旛(草深)飛行場跡地
   
下総航空基地
    
松戸飛行場跡地  
習志野離着陸場  
船橋飛行場跡地(初代)  
船橋飛行場跡地(二代目)
    
伊藤飛行機研究所滑走路(津田沼、伊藤飛行場)跡地    
下志津飛行場跡地
   
稲毛飛行場跡地
    
白戸飛行機教習所跡地   
浦安市の臨時滑走路
   
誉田飛行場(平川滑空場)跡地
    
真名(茂原)飛行場跡地   
茂原海軍航空基地跡地
    
太東航空基地跡地    
木更津飛行場
    
館山航空基地
    
県営千葉県魚群探見飛行場跡地  
大利根飛行場跡地(水上機基地)  
佐原飛行場跡地 
五井水上基地跡地  
第一航空学校跡地 
川口地方滑空訓練所(舟戸ヶ原滑空場)跡地 
大日本飛行協会航空機訓練所松戸飛行場跡地 
習志野4丁目滑走路跡地 

■東京都■ (COMPLETE)   
千住草加間国道秘匿滑走路跡   
赤羽飛行場跡地  
板橋(前野)飛行場跡地
  
成増陸軍飛行場跡地
  
成増飛行場秘匿滑走路跡地 
篠崎飛行場(江戸川飛行場)跡地  
江戸川飛行場跡地  
洲崎(深川浦)飛行場跡地・江東区  
月島飛行場(晴海連絡用滑走路)跡地 
東雲飛行場跡地  
代々木練兵場跡地
  
東京国際空港(羽田空港)
  
 東京羽田飛行場(1931~1939)  
 東京飛行場(1940~1945)  
 ハネダエアベース(1945~1952)  
 東京国際空港(1952~)  
戸田橋滑空場跡地
  
読売飛行場跡地
  
調布飛行場
  
東京陸軍航空学校滑空場跡地  
横田(旧福生、多摩)飛行場  
国立飛行場跡地  
立川飛行場
  
昭和飛行場跡地
  
環七滑走路跡 
旧陸軍大島飛行場、北の山陸軍飛行場、旧大島空港跡地   
大島空港(東京大島かめりあ空港)  
神津島空港  
三宅島空港
   
八丈島海軍(三根)飛行場跡地
   
八丈島空港
  
新島空港
  
 陸軍新島飛行場跡地  
 新島村営場外離着陸場跡地  
洲崎飛行場(江東区豊洲)跡地
  
深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳)跡地
  
中島大井(大井)飛行場跡地
  
(洲崎飛行場跡地(父島))
   
(父島飛行場)
  
(千鳥(下の、第一)飛行場跡地)
   
(元山(第二)飛行場跡地)
 
(北(上の、第三)飛行場跡地)
  
(硫黄島飛行場)
  
(南鳥島飛行場)
   

■神奈川県■ (COMPLETE)   
伊勢佐木町(若葉)飛行場跡地      
間門飛行場跡地
      
第十一横浜水上基地(根岸飛行場)跡地     
横浜水上基地(富岡飛行場)跡地
      
横須賀第一(追浜)飛行場跡地
     
横須賀第二(長井)飛行場跡地
      
横須賀第三(黒崎、初声)飛行場跡地
      
キャスナー陸軍飛行場     
相模(中津)飛行場跡地
     
大山秘密航空基地(厚木第二飛行場)跡地  
新厚木基地跡地 
厚木飛行場      
厚木(銀紙)飛行場跡地  
藤沢飛行場跡地      
磯子飛行場跡地
  
三本葭飛行場跡地
  
玉井飛行場跡地
  
片岡飛行場跡地
  
宗里飛行場跡地(第一航空学校)
  


更新履歴
2024/07/01 福岡県・九州飛行機香椎製作所のスベリ跡 追加
2024/06/24 福岡県・多々良航空基地跡地 追加
2024/06/17 福岡県・直方基地(直方牧場)跡地 追加
2024/06/05 山口県・和佐基地跡地 追加
2024/05/31 広島県・江田島の飛行場跡地 追加
2024/05/17 鹿児島県・奄美大島水上基地(古仁屋基地)跡地 追加
2024/05/15 鹿児島県・旧奄美空港跡地 追加
2024/05/13 鹿児島県・奄美空港 追加
2024/05/10 鹿児島県・喜界空港 追加
2024/05/08 鹿児島県・喜界航空基地(喜界ヶ島航空基地)跡地 追加
2024/05/03 鹿児島県・徳之島飛行場跡地 追加
2024/05/01 鹿児島県・浅間飛行場(徳之島北飛行場)跡地 追加
2024/04/24 鹿児島県・徳之島空港(徳之島子宝空港) 追加
2024/04/19 鹿児島県・沖永良部空港 追加
2024/03/18 鹿児島県・小川飛行機練習所跡地 追加
2024/03/01 徳島県・沖洲飛行場跡地 追加
2024/02/28 香川県・日本航空輸送高松基地跡 追加
2024/02/26 香川県・善通寺練兵場着陸場跡地 追加
2024/02/14 愛媛県・愛媛義勇飛行場跡地 追加
2024/02/09 広島県・下ヶ原航空基地(六二二基地)跡地 追加
2024/02/07 島根県・高津町付近着陸場跡地 追加
2024/02/05 島根県・都野津町付近着陸場跡地 追加
2024/01/31 島根県・なかうみスカイポート 追加
2024/01/08 和歌山県・旧南紀白浜空港跡地 追加
2023/12/29 大阪府・八雲滑空道場跡地 追加
2023/12/27 兵庫県・川西鳴尾飛行場跡地 追加
2023/12/22 兵庫県・繫昌飛行場跡地 追加
2023/12/20 兵庫県・赤井野グライダー訓練所(大日本飛行協会兵庫支部第二地方滑空訓練所)跡地 追加
2023/12/15 京都府・安井飛行場跡地 追加
2023/12/11 滋賀県・琵琶湖水上機基地跡地 追加
2023/11/10 東京都・環七滑走路跡 追加
2023/11/01 道央・南恵庭駐屯地場外離着陸場跡地 追加
2023/11/01 道央・苫小牧飛行場跡地 追加
2023/10/30 道央・シノダイ岬離着陸場跡地 追加
2023/10/02 青森県・木ノ下飛行場(木ノ下平臨時飛行場)跡地 追加
2023/09/28 青森県・淋代陸軍飛行場跡地 追加
2023/09/11 岩手県・見前滑走路(進駐軍滑走路)跡地
2023/08/17 愛知県・築地の水上飛行場跡地岐 追加
2023/03/20 岐阜県・各務原中飛行場跡地 追加
2023/01/23 群馬県・敷島滑空訓練所跡地 追加


福岡県・九州飛行機香椎製作所のスベリ跡 [├国内の空港、飛行場]

   2024年5月 訪問  



無題0.png
撮影年月日1947/03/07(USA M105 60) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


福岡県福岡市東区にあった九州飛行機香椎製作所。

雑餉隈、板付と共に九州飛行機の主力三工場の一つでした。


5.jpg

九州飛行機といえばやっぱりコレですよね。

当製作所については、「わかりやすい郷土の歴史講座」で非常に分かり易く解説されています。

それによれば、雑餉隈の九州飛行機本社工事場だけでは生産がとても間に合わなくなり、

ここ香椎に巨額の国費を投じて工場を建設し、対潜哨戒機「東海」、零式三座水上偵察機等を製造したのだそうです。

また、工場海側のスベリについても触れ、

「水上偵察機を海に下ろす為のもの」と説明しています。


6.jpg
対潜哨戒機「東海」


5.jpg
零式水上偵察機。

愛知航空機設計。

総生産数:1,423機のうち、ほとんどが当工場で作られたのだそうです。

スベリは製作所南側の博多湾に面していました。


DSC_2924_00001.jpg
黄マーカー地点。

香椎製作所 南西角から。

ここから奥に向って駐車場側がずーっと工場敷地でした。

車道側が博多湾たい。

ここから奥に向って約80mは「サニーガーデンズ千早店」の駐車場なんですが、

その先に「福岡運輸支局」の白っぽい建物があります。

車道の反対側に渡って、あの白っぽい建物の方に行ってみます。


DSC_2923_00001.jpg
赤マーカー地点。

はい。反対側に渡って、奥に約80m進みました。

今立っている場所は完全に博多湾の海面たい。

ここは「サニーガーデンズ千早店」と「福岡運輸支局」の境界でもあります。

で、オイラの作図が正しければなんですが、

「福岡運輸支局」からこちら側に向って青線の所からスベリが設けられていました。

こちら側の歩道を歩いて、更に奥に進みます。


DSC_2918_00001.jpg
青マーカー地点。

更に約50m奥に進んで、振り返って撮りました。

今立っている場所は完全に博(以下省略)

完成した零式水上偵察機が、このスベリを使って次々進水したんですね~。




     福岡県・九州飛行機香椎製作所のスベリ跡         
九州飛行機香椎製作所のスベリ データ
設置管理者:九州飛行機
所在地:福岡県福岡市東区千早3丁目10 香椎浜団地3号線
座 標:33°39'06.2"N 130°26'01.9"E
標 高:0m
滑走台:40mx35m
(座標、標高、滑走台長さはグーグルアースから)

沿革
1942年 製作所完成

関連サイト:
ブログ内関連記事


コメント(5) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

福岡県・多々良航空基地跡地 [├国内の空港、飛行場]

   2024年5月 訪問  



1.jpg
撮影年月日1947/03/07(昭22)(USA M105 59) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

福岡県福岡市東区にあった海軍の「多々良航空基地」。

ここも長いこと明確な場所が不明だったのですが、

PUTIN様から以下2点情報を頂きました。


■「航空特攻戦備」第2期 
方面  佐世保
牧場  多々良
滑走路 二八×一〇〇〇NE
縣郡村 福岡、筑紫 春日村
記事  既成


■佐世保施設部担当の各飛行場について
件名:佐世保施設部管区航空基地緊急整備推進隊報告
(前略)
(二)新設基地(別紙位置図参照)
多々良基地
概位:現九州飛行機会社南側道路ヲ利用
工事概要:在来道路(巾員二八米)ヲ更ニ一〇米拡張シ之ニ伴ナフ電源ノ移設、飛行機隠匿場、組立場新設


「現九州飛行機会社南側道路ヲ利用」とあります。

九州飛行機の工場は(オイラの知る限り)、板付、香椎、雑餉隈、和白、筑紫郡原田にありました。

福岡県内に複数あったんですね。

また空襲が激しくなると、これ以外にも疎開工場が複数作られました。

香椎と和白以外の工場の正確な位置が不明なんですが、

地名としての「多々良」からそれぞれの工場のある地名までの距離は、

香椎工場 2.8km
和白工場 6.9km
板付 7.5km
雑餉隈工場 10.0km
筑紫郡原田(原田駅) 24.4km

となり、香椎工場が突出して多々良に近いです。

それで資料にある「現九州飛行機会社」とは、香椎工場を指すと考えました。

上に貼った航空写真が九州飛行機香椎工場です。

現在はすっかり埋め立てが進んで内陸ですが、当時は博多湾に面していたんですね。


上述の史料では、

・会社南側にある道路
・1,000mx28mの直線がとれる

とありますので、この条件から多々良飛行場は、

香椎工場東側に沿って走る現国道3号線のことではないかと思いました。


無題1.png
撮影年月日1947/03/07(昭22)(USA M105 60) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


工場付近を拡大するとこんな感じ。

史料によりますと、「在来道路(巾員二八米)」とあります。

上に貼った航空写真の赤矢印部分の太さがちょうど28mです。

(現在の国道3号線は歩道部分まで含めて約30m)

そして香椎工場沿いの現国道3号線は、約1,150mの直線です。

史料の条件も満たしているため、今のところここが「多々良基地」なのではないかと。


2.jpg
1/25000「福岡」昭和25年三修「今昔マップ on the web」から作成。2枚とも


ここまで、工場東に隣接する直線道路を滑走路として話を進めてきたんですが、

実はこの直線道路の南側、ちょっと折れた先にも約1,000mの直線道路があります。

「現九州飛行機会社南側道路」と言えば、こっちの方がよりらしい気もします。

グーグルアースで確認しましたが、勾配は両者問題なし。

それでもオイラとしましては、工場に隣接する東側部分が滑走路ではないかと思っています。


4.png 

南側の直線部分を拡大しました。

直線道路の西側に「名島火力発電所」があります。

この発電所は、大正9年~昭和35年まで運転していました。

この発電所は石炭火力発電所だったため、大量の石炭を運び入れる必要があり、引込線が敷設されました。

この引込線が直線道路の中央辺りで交差しています。

また、上述の史料では「更ニ一〇米拡張シ」とあります。

「28m道路を拡幅して38mにせよ」ということなんですが、

直線道路の南側には「名島橋」(結構長い)もあります。

国交省福岡国道事務所/名島橋の紹介 によれば、

昭和8年3月完成。全長:204.1m 全幅:24.0m

とあります。

ヒコーキの滑走に支障ないように道路と線路を交差させるのも、

幅24mの橋を長さ204.1mに亘って38mに拡幅することも、

可能ではあるのでしょうが、ここにコストを注ぎ込むよりは、

大人しく工場の東側を使った方が現実的なのではないかと。


DSC_2915_00001.jpg
赤マーカー地点。

滑走路方向




     福岡県・多々良航空基地跡地         
多々良航空基地 データ
設置管理者:海軍
種 別:陸上飛行場
所在地:福岡県福岡市東区千早
座 標:33°39'04.4"N 130°26'15.4"E
標 高:3m
滑走路:1,000mx38m
方 位:02/20
(座標、標高、方位はグーグルアースから。滑走路長は史料から)

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
佐世保施設部管区航空基地緊急整備推進隊報告
渡辺 洋二『異端の空 太平洋戦争日本軍用機秘録


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福岡県・直方基地(直方牧場)跡地 [├国内の空港、飛行場]

    2024年5月 訪問   



6.jpg
撮影年月日1947/04/26(昭22)(USA M279 59) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


福岡県直方(のおがた)市。

ここに海軍の「直方基地(直方牧場)」がありました。

末期の時期、特攻用に急造された秘匿飛行場の1つです。

「直方飛行場」なるものがあることは以前から分かっていたのですが、

情報が錯綜しており、位置の絞り込みがなかなかできませんでした。

以下、関連資料をずらずらと。


■「航空特攻戦備」第2期 

0.png
出典:「航空特攻戦備第2期」(防衛省) http://www.nids.mod.go.jp/military_history_search/Viewer?id=1000559686&bid=0050050941 (22コマ)を加工して作成


見づらいので書き起こすとこんな感じ。

方面  佐世保
牧場  直方
滑走路 五〇×六〇〇NNW
縣郡村 福岡、遠賀 頓野村
記事  応急滑走路 七-一二既成

この資料から 北北西方向 600mx50mの滑走路であることが分かりますね。


■『海軍施設系技術官の記録』刊行委員会編『海軍施設系技術官の記録』(私家版、1972年)
関係する部分を引用させて頂きます。
「六月に入り、佐鎮から、遠賀川附近に緊急発進用の滑送路を一ヶ月で設営せよと命令が出た。一ヶ月で作れと云う滑走路は長さ七〇〇米で、幅二〇米位だったと思う。これと共に一〇〇kg爆弾(引用者註-正しくは250kg爆弾。防研史料より)の格納用隧道と、飛行機を格納する場所と、その誘導路である。
 富士の裾野で、実地演習はしていたが、現実となったのである。隊長は自動車を駆って遠賀川方面に乗り込んだ。先ず図上で、遠賀川の日ノ出橋上流の河川敷を選んだ、色々と調査したが、増水時には、水没の恐れがあり附属施設の設営にも具合が悪るい、特攻機が飛び立てなかったら軍法会議ものでる。
 止むを得ぬ、田圃を潰ぶそうと云う事になり、遠賀群小屋瀬地区で、初夏のうららかな田圃に目星をつけた、最後的兵器である特攻基地の建設が初められたのである。毎日、数千人を動員し、隊員も主力を投入して、一ヶ月余りして、どうにか飛び上れる滑送路は出来上った。滑送路の上に田圃の形のように草を植えた箱庭を並べて、滑送路の形を蔽していたのであるが、戦後、米軍の日本軍基地の図集に乗っていたと云う話に、自笑せざるを得なかった。毎日頭上を航空写真を撮る米軍機が、ゆうゆうと飛行機雲をなびかせて、飛んで居たのであるから止むを得ない結果だったと思う。終戦になり、これらの作業地に対する補償を査定して、約二〇万円の支払金を、直方市長に渡した相山中尉(引用者註-この体験記の筆者)は、翌る年その地を尋ねて見たら、元の田圃になっており、戦争の爪跡は殆んど残っていなかった。」

これは当飛行場を実際に造った方の手記です。

関係する部分だけ要約すると、

「6月、遠賀群小屋瀬地区の田園を潰して指示通り1ヶ月余りで完成。戦後すぐ元の田園に戻った。」


■佐世保施設部担当の各飛行場について
件名:佐世保施設部管区航空基地緊急整備推進隊報告
直方基地
概位:直方市北方
工事概要:在来田畑ヲ整地 (ママ)圧シ飛行機隠匿場及組立場新設

ここでも「田畑ヲ整地」とあり、付属施設の計画もあったようです。


■米軍史料
飛行場名:NAOKATA(米軍史料によくある地名の読み間違いだと思われる)
位置:直方の北1マイル、植木の南東1マイル
座標:N33-45、E130-44
滑走路の長さ:2700フィート X 150フィート 北北西から南南東向き
格納庫等:なし
航空機用掩体等:滑走路の西側に沿って存在する
航空機:確認できず
写真撮影日:1945年8月7日(第3写真偵察戦隊1945年任務番号385)
(2700フィート X 150フィート≒823mx46m)なので、滑走路の長さと向きは海軍資料とほぼ一致しています。

上記4点はPUTIN様から情報頂きましたm(_ _)m


■あさんからの情報
直方秘匿飛行場
33.767565,130.727814周辺。空中写真と地図見ただけなのですが…
戦前の地図には特に区割りはなさそうですが、USA-R211-43などの戦後の航空写真から矩形の田畑が出現してます。
区画整理(圃場整備)かもしれませんが一応。

実はこの考察が凄かったのです(後述)。


■防衛研究所収蔵資料:航空基地 4 「海軍航空基地現状表(内地の部)」
最寄駅よりの方位 距離 筑豊本線直方駅 市の北方
建設の年 1945-7
主要機隊数 小型機
主任務 発進
隧道並に地下施設 工事中
掩体 分散

掩体等、付属施設も計画されていたのですね。


以下、直方市立図書館様から頂いた情報

■雑誌「西日本文化 2011年8月号」17p
「墜落B29と捕虜搭乗員 直方での目撃証言による再現」(牛島英俊/著)に「旧長島
橋の上流側には海軍特攻隊の滑走路が急造されたほど開けた土地である」

前記事とも関連しますが、当基地は「旧長島橋の上流側」とあります。


■B29の植木墜落を伝える会 2013 B29 墜落炎上セリ 昭和20年3月 B29植木墜落の記録
13コマ~
「B29墜落事件を思う -感田から見た墜落の一部始終-」と題して橘邦巳氏の手記が掲載されており、

その一部に当飛行場が触れられていました。

 戦争末期の出来事に、も一つ忘れてはならない事がある。それは撃墜事件の前だったか後だつたか、はつきり記憶していないが、我が村落の田圃の中に、海軍航空隊の飛行場が出来た事だ。
 飛行場と云っても滑走路が一本出来ただけだが、場所は遠賀川の堤防から東へ四、五十メートルぐらい離れて、堤防に沿う様に、凡そ千メートルかそこらの短い物だつたが、今の様に機械化されていない時代だ。モッコ等を担いでの作業は大変だったそうだ。勿論村人達も使役に駆り出されての話だ。
 実家の下の田圃にも、高さ五、六メートルくらいの蒲鉾型をした格納庫が出来た。然し、いずれも、滑走路から発着する飛行機を見た事もないし、又、格納庫に出入りする飛行機も見ないまま終戦になつた。

B29の墜落は3月末でした。

当基地の建設は同年6月と思われますので、撃墜事件の数か月後ということに。

この手記は57年も後に記されましたので、この程度曖昧になるのは当然ですよね。

要約すると、
「遠賀川の堤防から東へ四、五十メートルぐらい離れて、堤防に沿う様に、凡そ千メートルかそこらの短い物」

位置特定につながる非常に具体的な情報ですね。


1.png
1/25000「木屋瀬」昭和13年測図「今昔マップ on the web」から作成 
2.png
1/25000「木屋瀬」昭和25年三修「今昔マップ on the web」から作成 


ということで、頂いた様々な情報から、おおよその絞り込みができました。

情報を頂いた皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m

上の2枚は、「おおよそこの辺り」と思われる同じ場所の地図なんですが、時代が違います。

それぞれ昭和13年、昭和25年の地図なので、

「滑走路建設前」「建設後(戦後畑に戻した後)」ということになります。

ここは資料に出てくる「木屋瀬地区」で、「遠賀川」が流れています。

北が河口方向であり、資料に出てくる「中島橋の上流」とは、中島橋の南側一帯ということに。

中島橋の上流に沿って、資料にある通り、「広々とした田圃」が広がっています。

田圃が飛行場に変えられ、戦後すぐに田圃に戻されたとする史実とも合ってますね。

この周辺のどこかに飛行場が造られたはずなのですが、

オイラが特に注目したのは昭和25年の地図の赤矢印部分でした。


3.png
1/25000「木屋瀬」昭和25年三修「今昔マップ on the web」から作成 


赤矢印部分拡大。

道路と堤防で細長い地割になってますが、長辺は600mであり、

この長さは防衛省資料にある滑走路長さとピッタリ同じです。

短辺は、堤防から破線が120mあります。

地元目撃者の方の手記にある通り、「遠賀川の堤防から東へ四、五十メートルぐらい離れて」いて、

防衛省資料にある通り、滑走路長さが600mx50m、方位NNWとすると、

ココの地割に長さも向きもピッタリ収まります。

ということで、種々の条件に当てはまることから、恐らくココだったのではないかと。

そしてこの場所は、あさんが特定した場所なのでした。

あさんは以前にも、「何もなかった場所に、飛行場建設後、(滑走路らしき)何かが出現している」

という今回同様の手法で軽井沢飛行場の位置を特定されたのでした。


DSC_2910_00001.jpg
赤マーカー地点。

ここから奥に向って滑走路だったはず。


DSC_2909_00001.jpg
黄マーカー地点

滑走路中心線から滑走路方向




   福岡県・直方基地(直方牧場)跡地   


直方基地(直方牧場) データ
設置管理者:海軍
種 別:秘匿飛行場
所在地:福岡県直方市感田
座 標:33°46'01.6"N 130°43'35.0"E
標 高:7m
滑走路:600mx50m
方 位:15/33
(座標、標高、方位はグーグルアースから。滑走路長さは資料から)

沿革
1945年06月 着工
    07月 完成
    08月 終戦。畑地に戻る

関連サイト:
ブログ内関連記事     

この記事の資料:
『海軍施設系技術官の記録』刊行委員会編『海軍施設系技術官の記録』(私家版、1972年)
佐世保施設部担当の各飛行場について
米軍史料
防衛研究所収蔵資料:航空基地 4 「海軍航空基地現状表(内地の部)」
雑誌「西日本文化 2011年8月号」


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山口県・和佐基地跡地 [├国内の空港、飛行場]

   2024年5月訪問  



4.png
撮影年月日1947/03/12(昭22)(USA M114 54) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

山口県大島郡周防大島町和佐海岸。

大戦末期、ここに海軍の「和佐基地」がありました。

基地を設営し、浜辺で水上機の訓練を実施したのですが、ここは非常に特異な基地でした。

当基地については、ブログ大日本者神國也 の盡忠報國様から送って頂いた情報で初めて知りました。

以下、送って頂いた資料から一部引用させて頂きます。

盡忠報國様、貴重な資料をどうもありがとうございましたm(_ _)m


六三一空の訓練状況
「晴嵐」の航空隊六三一空は、十九年十二月十五日、鹿島空内に開隊したが、先にも述べたように、「晴嵐」は横空水上機班で実験飛行中だったので、開隊時には「晴嵐」の配属は一機もなかった。
 二十年一月はじめには、実験機二機を含め「晴嵐」は四機となった(中略)
 さて、呉空における六三一空の飛行訓練はこうしてはじめられたが、呉空は山が迫っているなど空域が意外に狭く、水偵ならまだしも、高速、高性能な「晴嵐」「瑞雲」の訓練には不向きであった。
 事実、藤村昌一、園田直両上飛曹の「瑞雲」が空中事故を起こして殉職するという状況だったので、訓練適地を他にもとめることになり、福永飛行長と浅村飛行隊長が空から探した結果、瀬戸内海屋代島の和佐海岸を選定した。このため、私たち六三一空基地要員も早速、連絡船で和佐に渡り、海岸周辺の民家数軒を借り受け、三月五日、にわか造りの基地を設営した。
 かくて、二、三日後、有泉司令は軍令部の藤森参謀に電話を入れ、「瀬戸内海屋代島の和佐に訓練基地を設けた。訓練状況を見て欲しい」
 と連絡したので、同参謀は直ちに呉に出向き、呉空から出迎えの「晴嵐」で和佐に飛び、訓練状況を視察した。
 視察後、藤森参謀は有泉司令に、「『晴嵐』の着水状態が悪いなあ」
 と言ったところ、司令は笑いながら、「そうなんだ。しかし、あんまり着水せんでもいいからなあ。(実戦では大型爆弾を積むためフロートを着けないで発進し、帰投時は胴体着水して機体は海没放棄、搭乗員だけを収容することに
なっていたことを意味する)、でも、ひっくり返ってはいかんなあ」
 と答えたあと、「立派に決行するよ」
 と決意を述べた。(中略)

 一方、屋代島の和佐基地は呉空にかわる適地として選ばれた水上機基地だったが、当然のことながら和佐の海岸は砂浜のため、「晴嵐」がエンジンをふかすと砂が舞い上がり、これが機体の組み立てジョイント部分に入り込み、再三トラブルを起こすなど、和佐海岸も「晴嵐」の訓練基地としては不適当であった。
 また、三月十九日には米艦載機による呉軍港急襲があったし、二十七、三十日の両日には、B29により瀬戸内海西部海域一帯におびただしい投下機雷が敷設され、この時期、瀬戸内海はすっかり危険海面に一変し、「潜水空母」の訓練どころではなくなっていた。


ということで、ここは「晴嵐」の訓練のために使用された基地でした。

「潜水空母」などという、まるでSFの世界の架空兵器のような、当時世界最大の潜水艦「伊四百」。

「晴嵐」は、そこに搭載される水上攻撃機だったのですね。

乗りものニュース:「潜水空母」伊四百型はなぜ生まれ、何を残した? 旧海軍、乾坤一擲の「秘密兵器」

にて「伊四百」について分かり易く扱われていました。
 

DSC_2898_00001.jpgDSC_2900_00001.jpgDSC_2904_00001.jpg
赤マーカー地点周辺

大戦末期、ここで「潜水空母搭載型水上攻撃機」という、世界に類を見ない水上機の訓練が行われていたのですね。

しかしキレイな砂浜と海です。




     山口県・和佐基地跡地         
和佐基地 データ
設置管理者:海軍
種 別:水上機基地
所在地:〒742-2518 山口県大島郡周防大島町和佐
座 標:33°54'54.6"N 132°22'51.3"E
(座標はグーグルアースから)

沿革
1945年03月 5日 訓練基地として選定。周辺の民家数軒を借り受け、基地設営
       27日,30日 瀬戸内海西部海域一帯に大量の投下機雷が敷設され、危険海面となる

関連サイト:
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