千葉県・亜細亜航空学校水上班建設予定地 [├場所]
2019年7月訪問 2022/1更新
撮影年月日1946/02/13(USA M44-A-5VV 288)■
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
昭和10年、千葉県の印旛沼に水上機の飛行学校を設立する動きがありました。
現在の「オランダ風車リーフデ」の西側、千葉県水道局印旛沼取水場周辺にあたり、
国有地387坪及び埋立地415坪を中心として、
水面に向かって扇形に8万6696坪を飛行場とする計画でした。
(先頭のグーグルマップ青マーカー、航空写真の矢印の辺り)
開設しようとしたのは、東京の豊洲、そして辰巳に亜細亜航空学校を開設した飯沼金太郎氏でした。
実は飯沼氏は、旧佐倉町に陸上機の飛行場建設の構想も持っていたのですが、
農民の反対で断念した経緯があるのだそうです。
・「WEB版 航空と文化/空のパイオニア・飯沼金太郎と亜細亜航空学校」
・「東京新聞Web 佐倉出身・日本民間パイロット草分け 飯沼金太郎の軌跡追う」
の中で、当地での飯沼氏の動きが詳しく記されていました。
興味のある方はそちらをご覧くださいませ(下記リンク参照)。
「日本民間航空史話」202,203pに、「亜細亜航空学校のことなど」と題する、飯沼金太郎ご本人による寄稿があり、
この中でも、千葉県知事から占有許可が出たこと等、少しだけですが、記されていました。
計画では、当印旛沼に格納庫を建設して水上機練習生の養成、
遊覧飛行部を設けて印旛沼から銚子、東京、日光、箱根等の景勝地への遊覧飛行、
飛行機製作所を設け、飛行機の生産を行っていくというものでした。
飛行学校、遊覧飛行、機体製造と、非常に幅広い計画だったのですね(@Д@)
ところが戦時体制下の影響により、計画は断念せざるを得ない状況となってしまったのでした。
赤マーカー地点。
浄水場の東隣は現在こんな感じ。
田んぼが広がっていて、画面奥に印旛沼があります。
この周辺に航空の拠点が設けられようとしていたんですね~。
千葉県・亜細亜航空学校水上班建設予定地
亜細亜航空学校水上班建設予定地 データ
設置管理者:飯沼金太郎
種 別:水上機基地等
所在地:千葉県佐倉市臼井田
座 標:N35°44′22″E140°11′41″
標 高:3m
面 積:28.7ha
(座標、標高は国土地理院から)
沿革
1935年05月 22日 この日の毎日新聞千葉版に「印場湖畔に水上飛行学校」と載る
候補地では臨時協議会、漁業関係者への意向調査実施
1936年05月 千葉県に占用許可願い提出
1937年06月 占有許可
1939年頃 国策により全国の民間飛行学校が廃止となり、印旛沼の計画も中止となる
関連サイト:
WEB版 航空と文化/空のパイオニア・飯沼金太郎と亜細亜航空学校■
東京新聞Web/佐倉出身・日本民間パイロット草分け 飯沼金太郎の軌跡追う■(リンク切れ)
ブログ内関連記事■■■
この記事の資料:
日本民間航空史話
知らないことが沢山ありますφ(..)メモメモ
特に下総エリアは殆ど無縁でしたので、
新鮮であります!
by an-kazu (2019-08-22 09:24)
■an-kazuさん
オイラも今回の一連の千葉の記事は、
知らない事ばかりでした。
ネットサマサマですね~(o ̄∇ ̄o)
by とり (2019-08-23 03:45)