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豊後南(豊後秘匿、三重、大原)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

   2013年10月訪問 2021/11更新  


無題5.png
撮影年月日1947/11/08(昭22)(USA R177 3) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

大分県‎旧三重町(現在の豊後大野市)百枝に建設された「豊後南(豊後秘匿、三重、大原)飛行場」。

三重町駅裏の丘陵地帯で、通称大原といわれる一帯に飛行場が建設されました。

現在跡地の一部は大分県立農業大学校の耕地になっています。

前記事の「豊後北飛行場」の南南西約6kmにあります。

この飛行場もTさんとPUTINさんのおかげで場所特定することができました。

Tさん、PUTINさん、情報ありがとうございましたm(_ _)m

また、これは「豊後飛行場」記事にYoheyさんから頂いた情報なんですが、

「千歳村誌」の中で、昭和20年3月27日に北飛行場建設の件で陸軍将校が村役場を訪れたとあり、

「同じころ三重町にも飛行場建設の話が進められ、三重町役場にも幾度か出頭した。」

という記述があるそうです。


■防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)昭和二十年九月十七日

の中に「豊後南飛行場記録」と「要図」がありました。

上のグーグルマップはこの「要図」と1947年の航空写真(下記リンク参照)を参考に作りました。

資料を以下引用させて頂きます。

判決
小型機の使用に適す

飛行地区
滑走地区 一五〇〇x六〇 灰性土転圧
舗装路 なし
土質 灰性土壌
地表面の状況 表面張芝にして地耐力稍□可なり
周辺障碍物の有無 要図の如く両側に高森林あり
  
付属地区
誘導路 六〇〇〇x四~五
宿営 洞窟式宿舎(三〇〇名収容可) 
夜間着陸設備 なし
動力線 なし
電灯線 なし
給水 水質不良且水量乏しく井戸は十五米以下に掘下ざれば飲料水入手困難なり

其の他
風向 東風及び西風なり

上記資料内に「要図の如く両側に高森林あり」と記載がある通り、「要図」には滑走路北側に2カ所、南側に1ヵ所、

森林のマークが描かれていて、「高さ約五〇米の森林あり 滑走路幅員の末端に□接す」と記されていました。

「要図」はかなりの略図なため、正確な位置が掴み辛いのですが、

上の航空写真の「位置的にここだろう」と思う部分に赤矢印入れてあります。 

滑走路幅ギリギリに高さ50mの森林。

そんなケースもあるんですね~(@Д@)

D20_0089.jpg

赤マーカー地点。

ここから奥に滑走路が伸びていたはず。

ちょっと写ってますが、この道路の左側はかなりの傾斜の下りの地形になっています。

オイラの作図に誤差があるとしても、滑走路は少なくともこの道路の右側だったはずです。


      大分県・豊後南(豊後秘匿、三重、大原)飛行場跡地     
8月初めに完成しましたが、1機も配備されなかったのだそうです

豊後南(豊後秘匿、三重、大原)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
種 別:軍用秘匿飛行場
所在地:大分県‎豊後大野市‎三重町赤嶺‎
座 標:N32°59′17″E131°35′05″
標 高:165m
滑走路:1,500m×60m
方 位:08/26
(座標、標高、方位はグーグルアースから)

沿革
1945年04月 着工
    08月 初旬完成

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
「おおいたの戦争遺跡 要塞化された大分の全貌」
「大分県三重町誌 総集編」(651-652p「大原飛行場の建設」)
防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)


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