SSブログ

とほほ話 [■ブログ]

2月初旬また九州方面に行く計画だったのでした。

仕事、用事を完璧に済ませ、

出発前日の夕方仕事から戻って車から仕事関係の不要な物をすべて下ろし、旅行用の積み込み。

この後の伏線として積み込んだブツをわざわざ書き出してみますれば、

まずは水1箱(2Lx6本)、見学ポイントのファイル、撮影機材、入浴セット、5日分の衣類、

車中泊用の窓の目隠し、各種充電、栄養ドリンク、コーヒー、野菜ジュース、

床面をフラットにするための板を敷き、マットレスを敷き、車中泊用マクラをセット

ETCカードセット、最後におやつ(超重要)


特に今回は初日の見学箇所に時間制限があったため、出発時刻を午前2時半にせざるを得ず、

カーナビに目的地、経路設定まで済ませておくという念の入れよう。

前日までにできる準備を全て済ませると、もう21前。

そろそろ寝るか。というタイミングで、弟から「コロナになったかも」とLINEがΣ(゚Д゚;)

体温が39℃弱あり、簡易キットでの結果は、「測定不能」(浮き出る線が極めて不鮮明)とのことで、

明日病院に行くとのことでした。

同居する母は今のところ平熱らしい。

旅行先が関東圏内ならまた別なんですが、1日がかりで九州まで移動したところで、

「やっぱりコロナだった」だとマズイです。

ということで、旅行は中止にしたのでした。


結局弟は翌日病院で陽性判定が出て、その後40日間咳が続き、自宅隔離となったのでした。

後遺症が出なかったのがせめてもの。

高齢で病気持ちの母に染らなかったので一安心。

その後母は2月下旬に1人で沖縄に遊びに行き、

「すごく楽しかった。次は北海道行きたい。台湾も行きたい」などと、久々の沖縄を満喫したのでした。


実は九州から戻った翌週には、妹が名古屋から遊びに来ることになっていて、

チーズ好きな妹の熱望で、「チーズの海に溺れたい」という、

チーズそんなにな方にとっては店名だけで胸焼けしそうなお店に予約を入れていたのですが、

弟がコロナになったのと同じ日、妹は帯状疱疹になってしまい、予約キャンセルしたのでした。


そして最後にスギヒノキ花粉症のオイラ。

2月初旬は車中泊できるギリギリのタイミングだったのですが、

これを外してしまったため、花粉が収まるまで、しばらく車中泊旅行はおあずけと相成ったのでした。

とほほ。

コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

九州・5 [■旅行記]


Ⓐ三木SA→Ⓑ桂川PA→ⓒ岡崎SA→Ⓓ清水PA→Ⓔ自宅//


1:50 起床 

気温-1℃と低くて、一応寝袋も持ってきたんですが、布団と毛布2枚で十分でした。

車中泊中は、目を覚ましたら、まずは身支度を整えて、

それから目隠しを外して窓の内側にびっしりと付いた結露取りなんですが、

フロントとリアの結露が凍ってました(@Д@)

こんなこと初めてです。

幸いフロントはタオルで拭き取れるシャーベット状だったので良かったのですが、

リアは結構ガチガチだったので拭き取りはできず、走行中にデフォッガーを使用することに。


2:25 三木SA出発。

ここから自宅まであと600km弱。

リアデフォッガーON。

多分、この機能使うの人生初です。

3:30 桂川PA

5:20 岡崎SA こんな早朝なのに売店開いてたのでお土産購入。

ということで自宅に向けひた走っているのですが、実は少々困った事態に陥っていて、

自宅に到着してもまだまだ走行可能距離が余裕で残っていたのに、

その余分の走行可能距離が、100km走るごとに50km位の勢いでどんどん減ってゆくのです。

なんで? 気温か? 気温のせいなのか??(゚Д゚;≡;゚Д゚)

120km/h区間も大人しく100km/hで走行(でもやっぱりどんどん減ってゆく)。

この調子だと、東名道から圏央道に入る辺りで自宅にすら辿りつけなくなりそうです(;´Д⊂)

でも圏央道に給油できるSA、PAなんてあったかしらん。

IMG_20240114_073515907_HDR_4_0.jpg
7:20 清水PAにてすた丼(前回で超気に入った)

店内で検索したところ、海老名SAに24時間営業のスタンドがあることが判明。

良かった~。

イザとなったら、ここで給油しよう。

…と思っていたのですが、オイラは東名道から分岐で圏央道を走るのに、

海老名SAは東名道にあり、しかも分岐の先でした。危ない。

圏央道に入ったところで、75km/h巡航の大型トラックの後ろについていくことに。

(本当はスリップストリーム使いたいけど使ってません)

すると、一時は自宅到着して9km分しか余裕のないところまで落ち込んでいた走行可能距離が、

少しずつ増え始めました。

た、助かった~。

これで勝てる(かも)。


最寄りのIC下りてすぐの所にスタンドあるので、そこまではもって欲しいのですが、

行きつけのスタンドだと会員割引使えるので、できればそこまで行きたい。

結局、自宅最寄りのICで降りて、買い物して、行きつけのスタンドで無事給油できました。

この時点で走行可能距離は残り18kmでした。

10:40 自宅着。

これで今回の旅行は終了です。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

(もう続かない)


本日の走行距離:578km
総走行距離:3,387km
総燃費:25.32km/L

コメント(4) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

大分県・HOV.OTA(西大分側)・建設中 [├場所]

   2024年1月訪問  






大分県大分市にて建設の進む西大分側ホーバーターミナル。


2225475_4012783_img.png
ホーバーターミナルおおいた「HOV.OTA」(ホボッタ)

通称は、「ホーバー」や「おおいた」の語感を残し、ホとボの連続や、跳ねる音を取り入れるなどして、可愛らしく親しみやすい響きを目指し、欧文表記の一部 H・O・V・O・T・Aを用いた「HOV.OTA(ホボッタ)」としました。

シンボルマークのデザインは、ターミナル外観の特徴的な形状である「空へと上昇していく」ような勾配を取り入れ構成しています。
勾配が文字の大小のリズムを生み、旅への期待感を演出することを目指しました。また、上下のラインは、呼びかける吹き出しのようにも見え、人が集う場の賑わいを表現します。(画像と共に大分県公式サイトから引用)


DSC_2431_00001.jpgDSC_2429_00001.jpgDSC_2425_00001.jpg

2024年2月現在、「今秋運航開始予定」としています。




     大分県・西大分側ホーバーターミナル(建設中)         
西大分側ホーバーターミナル データ
設置管理者:大分県
所在地:大分県大分市駄原
座 標:33°14'54.9"N 131°35'37.5"E
(座標はグーグルアースから)

関連サイト:
ブログ内関連記事  


コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

九州・4 [■旅行記]


Ⓐ道の駅 のつはる→Ⓑホボッタ→ⓒ大分空港→Ⓓ草地飛行場跡地→Ⓔ中津飛行場跡地→Ⓕ旧北九州空港跡地→Ⓖ北九州空港→Ⓗ山口宇部空港→(赤マーカー:和佐水上機基地跡地)→Ⓘ宮島SA→Ⓐ吉備SA→Ⓑ三木SA(車中泊)


4日目

4:50 起床 気温3℃

昨晩就寝時、オイラのクルマの周辺には、他に駐車車両はなかったのですが、

気が付くとすぐ隣に車中泊の車が停まってました。

昨晩ファミマで調達しておいた朝食を済ませ、静かに静かに出発準備。

6:20 道の駅 のつはるを出発しようとエンジンを始動し、隣の車はまだ寝てるようなので、

即走り出そうと思ったのですが、ワイパーを動かしたら「バリバリ」と音がして、

ここで初めてフロントガラスに霜が付いていることに気が付くΣ(゚Д゚;)

幸いウインドウォッシャー噴射ですぐ溶ける程度だったので、助かりました。

もっと気温が低いと、こんなことしたら火に油状態なんですよね。

ちゃんと確認しないとダメですね。


そして例によってひたすら移動と撮影。

6:55 先ずは昨日すっかり真っ暗になってから下見した大分市内側のホーバーターミナルへ。

その後、大分空港へ。

期せずしてホーバークラフトの運航路線を陸路で移動することとなりました。

土曜日の朝でスイスイ走れる時間帯でしたが、それでも所要1時間ちょい。

市内の渋滞を昨晩タップリ味わったオイラとしましては、海路を設ける意味は十分あると思います。


DSC_2436_00001.jpgDSC_2435_00001.jpg
@大分空港第2駐車場

脚立、大砲持参のおっちゃん2名がフェンスに張り付いたため、ナニか珍しいヒコーキでもいるのかしらん。

と寄ってみたらホンダジェットでした(@Д@)

昨年青森の航空科学博物館にて展示機は見ましたが、運用中の機体をナマで見るのは初めてヽ( ゚∀゚)ノ

静岡空港が定置場の日本法人所有 JA01JP でした。

国内では最もメジャーなホンダジェットなんでしょうか。


13:10 九州で予定していた見学ポイント終了。

即山口県に移動することに。

さらば九州。

山口宇部空港の見学を終え、同じく山口県の次の見学ポイントに向うことに。

次の目的地は約145km先にある和佐水上機基地跡地。

到着予定時刻は17:11 と出ました。

撮影できる明るさのリミットは17:30なので、145kmも先なのに、20分しか猶予がありません。

ギャンブルなんですが、ともかく走り出しました。

ところが途中で渋滞表示が出て、到着予定時刻がじりじりと延びてきました。

時間帯が時間帯なだけに、この渋滞は解消されるどころか、ますます酷くなる可能性が高いです。

しばらく様子見しながら走ってたのですが、今回は止めにして、次回に回すことに。

残念。

今回の旅行での見学はこれで終了。

自宅に戻ります。


IMG_20240113_165151394_3_0.jpg
16:45 宮島SA にて夕食。

そして給油。

フィット4のタンク容量は40L。

24Lしか入らなかったけど、これでいいのだ。

ここから自宅まで約850km。

往路では満タンで(計算上)約1,000km走れたはずなので、これで余裕で自宅に着くハズ。

という計算で、ちょっとタイミング早いんですけど、ここで入れたのでした。

高速のガス代はやっぱり高いです。

(本当は和佐水上機基地跡地に寄って、高速に乗る直前の給油を目論んでた)

19:05 吉備SAにておやつ休憩

瀬戸内海側は今日も1日いいお天気だったのに、山陰方面はチェーン規制がかかってる。

20:30 三木SA着。

眠くなってきたのでココで車中泊することに。

20:55 寝る

おやすみなさい。

本日の走行距離:727km

(続きます)



再訪の場所は既存の記事に追記してあります。

大分空港 
草地飛行場跡地 
中津飛行場跡地 
旧北九州空港跡地 
北九州空港 
山口宇部空港 

コメント(4) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

大分県・海軍航空廠高城発動機工場跡 [├場所]

   2024年1月訪問  



1.png
撮影年月日1948/03/30(昭23)(USA R230 39) 終戦から2年半。工場敷地の様子がまだ残っている
8.png
撮影年月日1961/04/25(昭36)(MKU612 C4 18) 第六工場以北は道路が設けられ、ほぼ宅地化
a.png
撮影年月日1975/03/13(昭50)(CKU749 C3 20) 第六工場周辺のみクローズアップ
b.png
撮影年月日2007/04/29(平19)(CKU20071 C19 23) 最後まで残った第六工場。ドラッグストアは立替た模様
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成。上4枚とも)


大分県大分市高城(たかじょう)西町にあった「海軍航空廠高城発動機工場」。

当工場で実際に勤務しておられた方が作成した工場の(もの凄く分かり易い)パネル図が、

大分縣護國神社の言霊記念館にあり、これがいくつかのサイト様で閲覧できます 

日豊本線と台地に挟まれた東西に細長い敷地で、敷地の西端に正門があって、分解担当の第一工場があり、

分解、仕上、組立、補機、試運転担当の第六工場、発送担当の第七工場が敷地の東端にありました。

「傷ついたエンヂンが送り込まれた」等説明があることから、

ここは単なるエンジン生産工場ではなかったのですね。


■「九州の戦争遺跡」168p に以下記されていました。

海軍航空廠高城発動機工場跡 〇大分市高城西町
 
 高城駅の南側は、かつて第12海軍航空廠の発動機(エンジン)工場があった所である。工場敷地は日豊本線と現在高城美晴台団地がある台地に挟まれた場所で、昭和十五(一九四〇)年に着工し、昭和十七(一九四二)年に完成した。
 ここには六つの工場があり、台地斜面には空襲を避けるため工場壕が掘削された。機密を守るため、ここを通る列車は車内から見えないように窓の鎧戸を閉めさせられたそうである。
 戦後は、第六工場(防音設備を備えたエンジン試運転工場)だけを残し工場群は解体され、敷地跡は新しい道路が造られ、住宅地やショッピングセンターとなった。
 第六工場跡はしばらく焼酎工場として利用されていたが、平成十九(二〇〇七)年に解体され、現在は大型パチンコ店になっている。
 解体前に筆者がこの工場跡を訪れたときには二階建の巨大なコンクリートの建造物が聳え立ち、内部に入ると分厚いコンクリートの壁に区切られた部屋が続き、入口の鉄扉には無数の機銃掃射の弾痕穴があいていた。
 歴史的に貴重な遺構であり、地元の平和団体の方が保存運動をしておられたが、ついに実現できず、解体されてしまった。
 現在残る遺構は、ここから少し西に行ったところにあるイタリア料理店(中略)裏の台地下に工場壕跡が三つ残るだけである。


上に年代ごとの航空写真を貼りましたが、徐々に工場が姿を消していく様子が分かりますね。

「九州の戦争遺跡」によれば、最後に残っていた第六工場が2007年に解体されたとあります。

上に貼った最後の航空写真は2007年のものですが、まだ第六工場が写っています。

工場の最後の姿ですね。

残された三つの工場壕跡を見てきました。

DSC_2416_00001.jpg
赤マーカー地点。


DSC_2418_00001.png
青マーカー地点。


DSC_2422_00001.jpg黄色マーカー地点。



      大分県・海軍航空廠高城発動機工場跡         
海軍航空廠高城発動機工場 データ
設置管理者:海軍
所在地:大分県大分市高城西町
座 標:33°14'24.4"N 131°39'07.3"E
標 高:14m
(座標、標高、方位はグーグルアースから。滑走路長さは防衛研究所資料から)

沿革
1940年 着工
1942年 完成
1945年 終戦
2007年 第六工場解体

関連サイト:
ブログ内関連記事

この記事の資料:
九州の戦争遺跡


コメント(6) 
共通テーマ:趣味・カルチャー
メッセージを送る